まんすりいコラム

忘れ得ぬ美しき戦慄と婆ばの顔

2020/03/31

マリオとダリオと聞くと、のりお・よしおのような漫才師に聞こえるが、ツクツクボーシ!の方ではなく、ご存知イタリアンホラーの巨匠マリオ・バーヴァとダリオ・アルジェントのことである。■バーヴァはジャーロ(イタリア製猟奇スリラー)の父と呼ばれその起源は『知りすぎた少女』(63)からと言われる。アルジェントもジャーロ特有の残酷描写や色彩、黒ずくめの犯人、革手袋などの表現や美意識の文化を興隆させた1人だ。アルジェントの『サスペリア』(77)『インフェルノ』(80)の美しい極彩色はバーヴァの『モデル連続殺人!』(64)の影響が大きく、実際バーヴァが『インフェルノ』では特殊効果を担当。これがバーヴァの最後の仕事で、80年4/27に死去。今年は没後40周年だ。■バーヴァはもともと撮影監督として知られ、R・ロッセリーニやR・ウォルシュなどの撮影を経て、魔女ものゴシック・ホラーの傑作『血塗られた墓標』(60)で長編初監督。後の『バンパイアの惑星』(65)は『エイリアン』(79)の元ネタの1つ。オチが驚愕の『血みどろの入江』(71)は『13日の金曜日』(80)の元ネタだ。数多の作品で影響を与え、フェリーニ、ティム・バートン、タランティーノなども影響下にあり、如何に偉大かが伺える。■個人的にはオムニバスホラー『ブラック・サバス 恐怖!三つの顔』(63)の「一滴の水」がトラウマ。屋敷の主の交霊術好きの婆ばが亡くなったと呼び出された看護師のヒロインが、魔が差したのか婆ばの指輪を盗んだことで、亡霊婆ばに襲撃される話。原色を配した空間が幻想的で不安を煽るなか、断然この婆ばの顔が恐怖!現世に存在しない厭な悍ましさは悪霊そのもので、生涯忘れ得ない。(AKIRAのキヨコに激似!)■先述したジャーロの起源『知りすぎた少女』はヒッチコックの『知りすぎていた男』(56)が由来だが、バーヴァの2日後の4/29にそのヒッチ・コックが死去した。■この40年の節目で願わくはバーヴァの世界を劇場で享受したい。ホラーが苦手な人も虚心坦懐の想いで望めばこれ幸いである。そして、何の因果もないが想起すれば、のりお・よしおが活躍した漫才ブームは80年に始まるのであった。

— 平山晋也


『キャッツ』と猫と夢

2020/02/27

タイトルの通り今月のコラムは話題沸騰の映画『キャッツ』についてです。■名曲『メモリー』をはじめとした音楽、ダンス(タップダンスのシーンは見ごたえ抜群!)、展開、演出など、『キャッツ』について語りたいことはたくさんありますが、ここでは『キャッツ』に出てくる「猫」について取り上げようと思います。■この作品に出てくる猫たちは、人間とは別種の生き物であり、人間の想像や理解が及ばない存在です。SNSやテレビで日々消費される「可愛いネコちゃん」は一匹も出てきません。常識も、倫理も、嗜好も、私を含めた観客たちはほとんどついていけないでしょう。自分の場合、次々と繰り出される猫たちの歌と踊りと狂気の世界に、いつの間にか酔いしれてしまいました。■中途半端なジェンダーフリー要素もなければ、ご都合主義の恋愛要素もなく、人間に都合のいい猫が出てこない本作は、最初から最後まで猫たちの狂宴を見事に描き切りました。狂気の夢そのもののような作品のため、好き嫌いは確実に分かれます。それでも、観に行くのを悩んでいる方は、常識と偏見、それから映画の知識と猫への幻想を捨てて、『キャッツ』の世界にぜひ飛び込んでみてください。

— 浜本栄紀


エビス・ラビリンス

2020/01/31

秋刀魚のカレーを食べて恵比寿駅に向かう。20分歩いたところで立ち止まる。地図を見て駅からカレー屋に辿り着いたときは、10分もかからなかった。迷っている。これから映画を見る予定だが開映まで余裕がある。偶然行き着くかもしれないので、見覚えがある気がする道を行く。更に10分経つ。駅に近づく気配はない。スマートフォンの地図を開く。現在地が表示され即座に電源が落ちる。4年くらい使っているので寿命が近づいている。コンビニでは古い機種の充電器を扱っていないし、見渡す限り電気屋はない。歩き出すしかなかった。地図を一瞬見た感じではこっちだった気がする。自分を疑いながらも進む。映画に間に合わなかったらどうしようという不安が生まれる。時計を持っていないので時間が確認出来ない。気楽に迷っていた時間は終わってしまった。誰かに道を聞くしかない。シャイなので、全くの他人には話しかけられない。コンビニで水を買い店員のお姉さんに尋ねることにした。お姉さんは「ずっと、まっすぐまっすぐ。10分くらいかなあ」と教えてくれた。今までグネグネ好き勝手歩いていたのに、直進するだけでつくのかな。モタモタ足を動かす。お姉さんの言う通りに、駅はあった。お姉さんに、わんさか幸運が訪れますように。無事に『去年マリエンバートで』を見ることが出来た。上映中、道に迷っている時と同じ様な気持ちになった。今度は四次元の迷宮だった。

— 山下萌


明けましておめでとうございます

2020/01/01

日頃より、新文芸坐をご愛顧いただきまして誠にありがとうございます。

2020年も変わらず皆様にとって新たな感動や発見、出会いに満ちた場所でありたいと願っております。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

新文芸坐

矢田庸一郎 関口芳雄
梅原浩二 花俟良王 後藤佑輔
柳原弘 小澤麻梨子 山下萌 濱本栄紀 泉未来
藤井叶衣 新井暁介 笠原伊織 小池桔平 平山晋也 矢内さくら
松田恵理加 星野依子 西川由里子 多田優香 鹿取晋哉


贅沢すぎる映画納め

2019/12/30

年末に、久しぶりにシネマ・コンサートに行ってきました。大ホールで映画を上映して、音楽は全て生演奏というアレです。今回観に行った作品は、小中学生のときにどハマりしたファンタジーシリーズのうちの1編。■チケット代は1万円程度。洋画邦画、新作旧作問わず様々なシネマ・コンサートがあるようで、懐かしの名作を大スクリーン・生演奏で楽しめるなら、多少高くてもついつい買ってしまうものです。■シネマ・コンサートは笑うのも、拍手するのも、悪役にブーイングもOKとの指南があったので、上映中はタイトルが出たら拍手、主人公登場で拍手、オーケストラが一曲演奏したら拍手・・・映画を観て、演奏も聞いて、拍手もして、なかなか忙しいのです。生演奏だと、「ここにこんな音が入っていたの!?」など、新たな発見がたくさんあります。そしてメインテーマが演奏された時の高揚感たるや! 映画に集中しすぎて生演奏であることを忘れる瞬間もありますが、それだけオケの演奏が正確で、技術が高いのでしょう。■エンドロールでやっと演奏に集中できるようになります。そこでも拍手は起こり、作曲家の名前でひときわ大きな拍手。「作曲家の才能がなければ、シネマ・コンサートは実現し得ません!」という開演前の指揮者の言葉を、観客全員が噛みしめた瞬間でした。■その日の帰宅後、久しぶりにサントラCDを聴きました。おそらく、一週間は聴き続けるでしょうし、気が付けば口ずさんでいる状態が続きそうです。15年前に初めてこの映画を観たときのように。

— 泉未来


偉業の傍らで

2019/11/30

■「よく見ていられるな」――エル・キャピタンをフリーソロで完登するという前人未踏の挑戦の最中に、撮影クルーのひとりが同僚たちに呟いた一言だ。映画『フリーソロ』のワンシーンでもある。
■〈エル・キャピタン〉とはアメリカのカリフォルニア州、ヨセミテ国立公園にある約1000メートルの断崖絶壁だ。そして〈フリーソロ〉とは一切の確保用具を用いず、自らの身体のみで登攀するクライミングの一種だ。つまり、エル・キャピタンのフリーソロで起こるミスは死に直結するといっても過言ではない。その映像の凄まじさは筆舌に尽くし難いもので、是非、見ることで圧倒されてほしい。
■しかし、本作においてその圧倒的な映像が映し出されるのは終盤の20分ほどのみである。それまでの映像は、挑戦者アレックス・オノルドに積極的あるいは消極的に協力する者たちの描写に割かれる。クライマックスの20分でさえも、カメラマンたちの仕事やその緊張溢れる言動が映される。彼らが頻りに問題にするのは、関わることで与えるアレックスへの影響だ。彼らの仕事が、言動がアレックスを死に誘うかもしれない。つまり本作は、撮ること、ひいては関わることの暴力性への恐怖に焦点が当てられたドキュメンタリー映画なのだ。
■しかし、同時に美しくもある。関係者はそれぞれの仕方でアレックスを尊重し、挑戦者のアレックスさえも彼らに配慮する。もっとも見るべきはクライマックス、最後の20分ではないのかもしれない。むしろ最後の20分など見てはいけないのかもしれない。壮大な自然、超人的な技術、敬意に満ちた繋がりを見た僕は何者なのだろうか。単なる出歯亀に過ぎないのでは? ほんの少し前に書いた言葉を撤回するべきだろうか。「是非、見ることで圧倒されてほしい」? 果たして冒頭の一言は、彼の同僚たちにのみ投げかけられた言葉なのだろうか。

— 新井暁介


まんすりいコラム

2020/03/31
忘れ得ぬ美しき戦慄と婆ばの顔
2020/02/27
『キャッツ』と猫と夢
2020/01/31
エビス・ラビリンス
2020/01/01
明けましておめでとうございます
2019/12/30
贅沢すぎる映画納め
2019/11/30
偉業の傍らで

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