名画座の中の小さな本屋よりおススメ

2006/11/01 — 第151号

今年発売になった話題の書『黒澤明vs.ハリウッド 「トラ・トラ・トラ!」その謎のすべて』(著者:田草川弘/文藝春秋刊/当館でも販売中)よると、1968年『トラ・トラ・トラ!』を撮影中の京都太秦撮影所ではトラブルが続出していた。●撮影所の照明が落下する事件。小道具の手紙の中にやくざの果し状が入っていたとして黒澤監督が激怒、チーフ助監督に助監督全員のビンタを命じた「果たし状事件」。また黒澤は撮影直前、壁の作り直しを命じる(壁壊し事件)といったような奇行を繰り返し現場は大混乱に陥る。遂に12月24日、撮影開始から23日目、二十世紀フォックスは黒澤を解任した。●当時の資料は散逸し、黒澤本人を含め多くが鬼籍に入った。当時から関係者の口は重く、真実は未だ明らかではない。●黒澤と仕事をした経験がある著者は、黒澤解任という闇をこのままにしてはならないという思いに駆られ、この作品のプロデューサー、エルモ・ウィリアムズへインタビューを試み、またアメリカの大学図書館などで『虎 虎 虎』の準備稿や資料を発見するに至る。本書は、新たな発見された事実に基づき、もう一度、黒澤の夢と無念の軌跡を辿り直そうとした試みの記録なのだ。●もう一方の主役とも言えるエルモ。2本のオスカーを獲得した映画人で、思い遣りの心を持った彼の人物像が鮮やかに浮かび上がるのも、本書の魅力のひとつだ。●エルモもまた黒澤に心酔した1人だった。彼に著者は残酷な質問をする。“黒澤を起用したことは間違いだったのか?”“クロサワはとても傷ついたし、我々も傷ついた。そしてクロサワに対して我々が抱いていた尊敬の念までぶち壊してしまった。クロサワを起用した私の判断は誤りだった”。エルモは静かにゆっくりと答えたという。

— 矢田庸一郎