正義 < 母の愛

2011/09/01 — 第238号

作家・海音寺潮五郎は、“人は自分に無いものを理解することはできない”という様な意味のことを書いています。なるほどと思いました。他人を信じることができない人は、人が人を信じる物語を読んだとしても理解はできないでしょう。損得勘定だけで物事を判断する人に、善意で行動すべきだと説いても徒労に終わるだけでしょう。また、人は正義だけを行なうべきだと考える人には、それが不正であれば他者にわずかな情けをもかけないかも知れません。■では自分はどうかというと、父親というものを知らずに育ったのでいわゆる“父もの”がまったくダメなのです。例えばエリア・カザンの「エデンの東」。初めて観たときは、あまりに何も感じないので自分の感受性に問題でもあるのかと思いました。いかに名作でも、どんなに多くの人に好かれている作品だとしても、私には父の愛に飢えたジェームズ・ディーンの気持ちを理解する素地がまったくないのでした。■逆に“母もの”には昔から滅法弱い。加えて、自分が父親になった今は子に対する親の思いの理解も若い頃とは違っています。そんな私のストライクゾーンど真ん中にきた映画が、9/4(日)〜8(木)に当館で上映する『八日目の蝉』です。そう長くは続かないであろうわが子との時間。その短い間だけでも、この世のすべての不幸からわが子を少しでも遠ざけていたい。どんな些細な心配も、わが子にはかけさせたくない。そういう思いが、切実に、本当に切実に伝わってくるのです。ただし、この物語の主人公の行動は正義かと問われれば、否です。正義より母の愛。これでよろしい! 前述の海音寺潮五郎の解釈でいえば、私が持っている正義の量は少ないようです。

— 関口芳雄


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