トリュフォーの手紙、トリュフォーの映画

2012/11/01 — 第266号

フランソワ・トリュフォーは、もしかしたら、e-mailやツィッターの時代を先取りしていたのかもしれない。ふと考えたこと、急な用件、忘れていたこと、約束の確認、こんな本を読んだとか、こんな映画を見たとか、思いつくままに日記を書くような調子で手紙を書きつづけました。メモのように短いもの、自分の考えをじっくり述べた長文のもの。ときには深刻な恋の悩みも。もちろん、今日のような電子機器ではなく、紙とインクとペンで。手書きの文字で。「紙はあなたの肌、インクはわたしの血」と『突然炎のごとく』や『恋のエチュード』の恋するヒロインは思いあまって書きます。『恋のエチュード』など映画そのものが日記と手紙の形式になっていると言ってもいいくらいです。『夜霧の恋人たち』では、いまはなき(パリでは1984年に廃止になった)気送速達便という地下の圧縮空気管を使って手紙を送る方式を、ヒッチコックの『ダイヤルMを廻せ!』の冒頭のタイトルバックで電話のダイヤルの動きをアップでとらえたような迫力で、ていねいにおもしろく描いてみせます。トリュフォーの映画は、芸術的なテーマや社会的な事件よりも、誰もがかかえている私的な問題や悩みを、体験的に、まるで日記を書くように画面に綴り、同じ親密さでスクリーンから私たちに語りかけてきます。まるで映画という名の手紙のようです。女性への、子供への、書物への、そして映画そのものへの、夢やあこがれや情熱を綴った愛の手紙―。

— 山田宏一(映画評論家)