年の暮れ、シネマカーテンコールで“罪”について考える

2013/12/15 — 第293号

12/26(木)の「ビザンチウム」は、アイルランド出身のニール・ジョーダン監督が撮った、久しぶりの吸血鬼(ヴァンパイア)もの。昨今“青春ホラー映画”ともいうべきジャンルが確立しつつあるようですが、この映画はそれらとは一線を画した作品です。人が生きることは大変なことです。日々の生活だって楽じゃないのに、今の日本の社会保障制度では老後も明るいとはいえません。永遠に生命を持つ吸血鬼はもっと大変。吸血鬼だって、“衣・食・住”は大切です。吸血鬼の“食”事情については多くの映画で語られてきましたが、“衣”と“住”には現金収入が必要であるということをきちんと描いているというところがこの映画の優れたところです。吸血鬼とは、〈生きること=罪を犯すこと〉という存在。そのことを母と娘、ふたりのヴァンパイアの葛藤を通して描いています。佳作。■来年1/5(日)の『天使の分け前』は社会派として知られる、英国の巨匠ケン・ローチ監督の最新作。“天使の分け前”とは、ウィスキーを熟成させる過程で蒸発して失われる分のこと。「だったら僕にも少しくらい分け前を……」という落ちこぼれ少年たちの小さな罪の物語です。この監督、過去の映画を観れば分かりますが、社会的弱者の味方でして、弱者が犯す罪に寛大なお方です。私はといえば、誰も不幸にしない罪ならお咎めなしでOKと思うのですが、この映画をご覧になった皆様はどう感じるでしょうか? ■罪とはいえないまでも、人は生きているだけで他人に迷惑をかけるもの。是非この2本の映画をご覧いただいて、罪に対する自分の許容度を確認するというのも、映画のひとつの観方ではないかと提案する次第でございます。皆様、来年も良いお年を。

— 関口芳雄