休憩所

2015/09/25 — 第319号

最近、自分が映画館へ行くのは映画を観ることに加えて、もうひとつ別の理由があることに気がついた。それは孤独になるためである。■映画が上映中はケータイの電源をOFFにしなければならない。ケータイの電源を切るのに抵抗を覚える人がいるのもわかるが、私の場合、この行為が許されていることこそ、映画館に来る理由のひとつである。■ケータイの電源をOFFにするということは、誰かとの繋がりを一時的に断つということだ。メールやSNSが普及した昨今、自分が誰かと常に繋がっていることが半ば当たり前のことになっている。それによるいい出会いもあるのだが、一方で、誰かと繋がっていることで疲弊する、いわゆる「SNS疲れ」に陥ることがままある。映画館はその要因の一つであるケータイ電話の電源をOFFにし、誰かとのつながりを公明正大に断つことが許された場所だ。■繋がりが断たれれば、あとは他の人へ迷惑をかけなければ自由。喜劇に顔を綻ばせ、悲劇に涙を浮かべ、ホラーに背筋を凍らせてもいい。また、映画の世界へ入り浸るのはもちろん、ぼんやりとスクリーンを眺めているだけでも、座席に身を預けて舟を漕いでいてもいい。ただし、いびきは厳禁である。自分の人生は銀幕に映る映画に介在しない。座席が満席であっても、上映中は孤独な傍観者でいられる。映画館はどっぷり孤独に浸れる場所なのだ。■つかの間、孤独を味わえば、また歩き出せる。また人の繋がりの中に身を沈め、疲れたら映画館へやってくる。映画館は休憩所も兼ねていたのだ。

— 浜本栄紀