あけましておめでとうございます
(2007年・第1号・通巻155号)
旧年中は、ご愛顧いただき心より御礼申し上げます。
本年も、〈感動はスクリーンから〉をモットーに、皆様が映画を通して感動、興奮するような、心豊かになる番組を提供していきたいと考えております。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。
2007年1月1日
新文芸坐
支配人 永田稔
関口芳雄 矢田庸一郎 梅原浩二
花俟良王 後藤佑輔 柳原弘
佐野久仁子 高橋悦子 西本布美子
高橋夏枝 加藤有里 浅香ノリ
2/3(土)より「名匠・吉村公三郎の世界」を開催
(2007年・第2号・通巻156号)
1911年生まれの吉村公三郎監督が松竹蒲田撮影所に入ったのは'29年、18歳のこと。満州事変の2年前。この時代の暗い雰囲気は後に『足摺岬』('54)などの作品に反映されます。●吉村公三郎の助監督苦節10年は有名。後輩の渋谷実らに抜かれ'39年にようやく監督昇進。だが同じ年には出世作『暖流』('39)を世に送ります。そして、数々の作品を生み出した名コンビ、吉村公三郎と脚本家・新藤兼人の初作品『安城家の舞踏会』が'47年のベストテン1位を獲得し興行もヒット。以降、松竹は2人を多用していきます。だが意欲作『森の石松』('49)の興行がコケルと、1年近くかけて準備した『肉体の盛装』に松竹は難色を示し、吉村と新藤のコンビの解消を迫るまでになります。'50年、意を決した2人は松竹を辞め、近代映画協会を設立するのでした。●吉村公三郎は女性映画の名匠とも言われます。『肉体の盛装』はすぐに大映が製作。『偽れる盛装』('51)というタイトルで公開されヒットします。計算高い芸者を演じた京マチ子はこの作品で大スターとしての地位を決定付けました。また『夜の河』('56)では山本富士子が凛とした気品に満ちた演技を見せ、単なる美人女優から脱皮して大女優の仲間入りを果たし、『越前竹人形』('63)でも若尾文子は官能を漂わせる情感のある演技で彼女の最高傑作の1本とします。●『暖流』の高峰三枝子や『安城家の舞踏会』の原節子も忘れ難い! 吉村公三郎と名女優たちの華麗なるコラボレーションを是非お楽しみください。
※2/11(日)13:40より新藤兼人監督のトークショーがございます。(Y)
2007年を名実共に“日本映画復活”の年に
(2007年・第3号・通巻157号)
小学生の頃観た時代劇映画で、悪者が正義の若者に向かって言う「ちょこざいな奴め」という台詞があった。前後の台詞から何となく意味は判るが、辞書を引いて「猪口才」と書き、「生意気な」という意味であると知った。本物の猪を見る前のことである。■今年の干支は亥年で、過去の亥年には一般的に悪い年が無かったと言われているようだが、映画業界はどのようになるのだろうか。昨年、劇場公開された邦画は、33年ぶりに400本を超え、興行収入でも21年ぶりに洋画を上回った。映画関係者は“2006年は日本映画復活の年”と喜んで新年を迎えた。■昨年の邦画は、個人向けファンド、町おこしにも広がり、資金調達が容易になり製作本数が増えて、単館系で公開された作品に傑作が多くなった(キネ旬ベスト10に6本入選)。拡大公開された作品で、テレビ局が製作に絡んだ作品は、マルチメディア戦略により、異種業界を巻き込んだ大量宣伝によって、観客を増やしたが、ベスト10入りはなかった。■一方、昨年の洋画は『ハリー・ポッター』『パイレーツ・オブ・カリビアン』『M:i:V』などシリーズの続編が多く、新鮮味に乏しく、観客の洋画離れを招いた。その結果、邦画に観客が流れてきたのであって、作品の内容が評判を呼んで観客が増えた訳ではない。“漁夫の利”によるもので、バブル的現象であり、手放しで喜んでいる場合ではない。■今年の洋画の主なラインアップも、昨年と同様のシリーズの続編の他に「ロッキー」「ダイハード」と続き、企画の貧困さに目を覆うばかりであるが、作品内容の伴わない邦画の実力を勘違いしていると、即、日本映画は観客から信用を失うであろう。今年は名実共に“日本映画復活”と言える作品を数多く観たいと思う。(N)
筒井康隆氏の慧眼
(2007年・第4号・通巻158号)
昨年は『時をかける少女』『日本以外全部沈没』『パプリカ』と、筒井康隆さんの原作が3本も映画化されました。最もヒットした『時をかける少女』はアニメーションにもかかわらず観客の年齢層が広く、私の世代も多く劇場に足を運んだようです。私が筒井作品を読んだのは中学生の頃、ショートショートが初めてだったと思います。■私の筒井ベスト作品は、“七瀬三部作”の第二部にあたる「七瀬ふたたび」です。それぞれ予知能力・時間移動・念動力・透視などの力をもった超能者たちのドラマなのですが、これがSFなのに人間の心情がとてもリアル。そして、文庫版あとがきで某氏もふれられていましたが、この作品のエライところは、主人公の能力が物理的な戦力ではないという点です。七瀬の能力は、精神感応能力(テレパシー)。つまり数ある能力の中で、“情報力”を主人公に選んだことが慧眼なのです。30年以上も前の作品です。■いつの頃からか、記憶障害にまつわる映画が増えています。『明日の記憶』『博士の愛した数式』(3/19上映予定)『私の頭の中の消しゴム』と泣かせる系から、『メメント』『unknown/アンノウン』などサスペンス系まで多々あります。私は後者が好きなのですが、これら記憶喪失サスペンス作品の面白さはどこにあるのでしょうか? それは情報の扱い方にある思うのです。主人公の知っている情報、知らない情報。敵方の持っている情報、知らない情報。そして観客に与えられるべき情報、隠しておくべき情報。これら情報のコントロールが上手になされている脚本は、本当に面白い。逆に、観客にだらだらと小出しに新情報を提供していくだけなおバカな謎解き映画の、なんと退屈なことか! あぁ、久しぶりに“七瀬”読み直したくなった!!(S)
往年の映画を観る楽しみ
(2007年・第5号・通巻159号)
昨年12月の6周年記念番組『和田誠が「もう一度観たいのになかなかチャンスがない」と言っている日本映画』という長〜いタイトルの番組では、毎日ゲストが来場して和田さんとトークを行なったので、師走で閑古鳥が鳴く名画座が賑わった。■和田さんと7人のゲストとの往年の映画に対する認識は、「監督もスタッフも撮影所で修業を積んだ職人(=映画人)たちであり、知名度の低い映画でもそんな映画人たちの技術、アイデア、工夫した場面に見所が多く、何十年と経っても古さを感じない。旧作を観る時、そんな場面を見つけて観るのが面白いところであり、楽しいところでもある。」と熱く語るところが共通していた。■また、「往年の映画には、1本の作品の中にサスペンスあり、コメディ(笑い)あり、人情(涙)ありと、面白さ、楽しさがいっぱいのエンターティメント作品が多く、作り手のお客様を喜ばせたいという熱気が、スクリーンを通して伝わって来る。」ということも一致していた。■舞台台本、映画脚本の執筆のため引き篭もり宣言をしている最中にもかかわらず来場した脚本家・三谷幸喜さんは、観客として和田さんと古今東西の映画談義に花を咲かせ、学生の頃文芸坐に通った想い出話をした後で、「映画は娯楽であることを改めて感じた。作り手の熱気がお客様に伝わる映画、楽しませる映画を撮りたい。」と作り手の立場で語っていた。今年、監督する4本目の作品に期待しよう。■往年の映画で、ベストテン、賞などに入らない無名の映画の良さ、面白さ、楽しみ方、観方を、和田誠さんと豪華な7人のゲストから教えられた。今上映中の「二枚目スター“池部良”の魅力のすべて」など、これから新文芸坐がラインアップする往年の映画をお楽しみください。(N)
3月21日 春分の日に上映の『プージェー』は必見!
(2007年・第6号・通巻160号)
毎年春恒例の「気になる日本映画達」。今年はドキュメンタリー映画に注目です。●イチオシは、探検家・関野吉晴さんとモンゴルの遊牧民の少女の、心の交流を捉えた『プージェー』(キネ旬文化映画3位!)。関野さんは旅の途中、大草原で自在に馬を操る1人の少女に惹かれ、思わずカメラを構えます。少女は言い放ちます。「写真撮るなら、こっちへ来ないで!」。少女プージェーと関野さんの出会いでした。●『らくだの涙』などのビャンバスレン・ダバー監督の映画と同様、遊牧民の人々の素朴な暮らしぶりや、豊かな表情が生き生きと描かれています。●しかしモンゴルにも市場経済が導入されるなど近代化の波が押し寄せ、伝統的な遊牧民の生活も変化を強いられています。特にプージェー一家を襲う悲劇が、この近代化の波と関わっている事実は、大変痛ましく衝撃的です。●24日は『三池 終わらない炭鉱(やま)の物語』(同8位)と『六ヶ所村ラプソディー』(同4位)を上映。●日本最大の炭鉱だった福岡県大牟田市の三池炭鉱。戦後最大の労働争議となった三池争議など、過酷な歴史が語られます。知られざる事実の数々と、そこに様々な人生の喜怒哀楽があったことを思い知らされる感動作。●『六ヶ所村ラプソディー』は青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場をめぐる、村の現状や問題点を探ります。最初から“原発反対”という結論ありきではなく、工場受け入れ推進派の人々の姿にも目を向ける姿勢が、この作品をユニークなものにしています。●《番組のお知らせ》待望の市川雷蔵特集が遂に実現、4/28より。5/5はオールナイトで「ロード・オブ・ザ・リング スペシャル・エクステンデッド3部作一挙上映」も。(Y)
小型映画
(2007年・第7号・通巻161号)
小型映画というのをご存知でしょうか? この言葉は現在ほとんど死語に近いですが、主にアマチュアが8ミリや16ミリなどのフィルムを使って作る映画のことを指します。●現在主流の映画フィルムは35ミリ幅ですが、この規格はコダック社の70ミリ幅のフィルムをエジソンが半分にしたのが始まりといわれています。35ミリのカメラや映写機は大変大きく且つ重く、フィルムの消費量も馬鹿にならないことから一般に使えるよう小型の規格が考えられました。20年代に16ミリをコダック社が発売しましたが、アマチュアが使うにはフィルム代が高価で、小型映画全般の歴史としては業務用途が主だったようです。日本では80年代位までドキュメンタリー映画やテレビドラマ、アニメの撮影によく使われていました。16ミリには35ミリにブローアップすることが前提のビスタサイズのスーパー16という規格もありました。これはコストの問題で35ミリが回せない90年代の低予算映画に良く使われていましたが、現在この種の映画はデジタル撮影に取って代わられています。60年代にはスーパー8やシングル8などダブル8より取扱いが簡便な8ミリが登場し一般家庭にまで普及しました。また80年代までの学生映画は8ミリがメインでした。この他に28、22、17.5、9.5ミリなどもありました。●ピーク時の年間1200万本から現在1万本まで販売量が落ち込んでいることから、富士フィルムは昨年8ミリの生産中止を発表していましたが、今年になって数年継続することに変更したそうです。(個人的にはまだ1万本も売れていることに驚きましたが企業としては厳しい数字なのでしょう。)このご時世にこのような英断をするのは大変なことだと思いますが、映画=フィルムにとっては明るいニュースですね。(U)
新聞記事から思ったこと
(2007年・第8号・通巻162号)
3月16日の朝日新聞夕刊に、クラシック演奏会における客同士のトラブルが急増しているという記事が載っていた。人気漫画『のだめカンタービレ』の影響で若者が押し寄せて常連客とトラブルになっているものと思ったが、事実その通りの模様。しかし記事の論点は少々角度が違い「最近の特徴はごく普通にみえるクラシック好きの常連客が、周囲の音や行動に過敏に反応し、突如キレる客に変貌する点」と書いてあった。◆そのことについて楽団側は、従来のファンが気付かないうちに自分の聞き方を他者に強要しているのかも、と語り、精神科医は、最近はヘッドフォンなどで“公”の空間で“私”を知覚でき、公共空間における五感が妙に潔癖になり自分の空間を侵されることへの不安が強くなっている、と分析していた。当然映画館も他人事ではない。◆不特定多数の人々が様々な価値観を持って集うのだから、一人の理想の環境が100%達成されれば他の人には少なからずストレスが生じてしまう。「少しの雑音にも邪魔されたくない」「このくらいの音はしょうがないだろ」どちらの主張も理解できる。どこに線を引き、どうすればより多くの人に快適に映画を楽しんでもらえるか日々模索している。◆上の記事によると、関西では“キレる”お客さんは少ないらしい。「やめえや」と人々が注意し合い、注意された方も不快感を引かないらしい。妙に納得できるが、かつては東京にもそれに似た義理と人情の風情があったはずである。◆そんなことを思った矢先に植木等さんが亡くなった。追悼番組で豪快に笑う植木さんを見ながら、またひとつの時代が終わっていくことを痛感した。(H)
元クレージーキャッツの植木等逝く
(2007年・第9号・通巻163号)
3月27日の夜遅く、高校時代の友人からの携帯電話のメールで、元クレージーキャッツの植木等が亡くなったことを知った。つい1週間程前に試写で観た、宮藤官九郎脚本、水田伸生監督の「舞妓Haaaan!!!」(6月公開)という映画の中で、祇園遊びを知り尽くしている老舗の隠居という役で出演していた。往来で主人公と出会い言葉を交わすという僅か1シーンであるが、粋で颯爽としていて、役柄の雰囲気を十分に醸し出し、流石と感動したばっかりだったので驚いた。■半世紀前の高校生だった頃、クレージーが出演している月曜〜金曜日昼の12時50分から10分間のフジTVの生番組「おとなの漫画」を見るため、昼休みに校則を破って校外に脱出して、テレビが見られるラーメン屋、蕎麦屋、甘味処に行く程夢中になった。■4月1日日曜日、その時の仲間の一人からの呼び掛けで、8人が集まり郊外の満開の桜の下で想い出話に花を咲かせた。クレージーのメンバーの中で、ハナ肇派、谷啓派、植木等派と三派に分かれていたが、カッコ良く、ルックスも良く、都会的センスがあり、声が良く、歌が上手い植木等がお気に入りだった。■ラジオから流れる落語、浪曲、歌謡曲、ドラマなどで育った世代にとって、テレビから映像と共に流れる軽やかなジャズのリズムと、スピーディなコントのギャグとを一緒にしたクレージーの笑いは、今までに無く革新的で、衝撃的であった。■「お呼びでない?」のギャグや大ヒット曲「スーダラ節」映画「無責任シリーズ」「日本一シリーズ」で60年代に笑いを振りまいた植木等の死は、昭和を代表する喜劇役者を失ったばかりでなく、昭和の時代を一気に遠ざけた。植木等出演の映画を7月に追悼上映する予定である。乞う!ご期待!(N)
映画館の中の小さな本屋さん(2)
(2007年・第10号・通巻164号)
『みうらじゅんの映画批評大全』が入荷しましたので早速買いました。取り上げている映画は『片腕ドラゴン』『ジェイソンX』『花と蛇』といったカップルが見に来ない映画ばっかし。しかも、ほとんどエロネタ、童貞ネタのオンパレード(でも笑えます)。『シークレット・ウィンドウ』という珍しくカップルが来る映画を取り上げていると思いきや、“ジョニー・デッパ”というくだらないオチでした。“そこがいいんじゃない!”(←みうらじゅんの決り文句)。●中には“京都のホテルのAV”や“中野の都こんぶ”(←旧文芸坐でも売っていた)といった項目も交じっていて、一体どこが映画批評大全なのか全然分かりませんが“そこがいいんじゃない!”。●でも時折忍ばせてくる、まるで中野の都こんぶのような安っぽく湿っぽい味わいが絶妙の配合となっていて、読み始めたら止められなくなりました。例えば美大時代、『スター・ウォーズ』に感動し、黒いビニール袋と着古しの柔道着でダース・ベイダーとルークの物マネをしていたら、美大の女の子に「子供だましの映画」と言われ怒った話(下ネタ&セクハラ表現で怒りを表現しています)。『ゾンビ』が公開された頃、みうらじゅんは美大を2度落ちた浪人生。高円寺の商店街をゾロゾロ徘徊し古本屋と中古盤屋を隅から隅までチェックする高円寺ゾンビと化していた話。でも「道行く人に飛びかかり、人肉を喰らう勇気」はなかったそうです。●「面白いに決まってる場合がある。特に映画の場合は。(中略)それは『REX 恐竜物語』だったり、『シベリア超特急』だったりする」。というわけで、でもないですが、その『REX 恐竜物語』は当館の6/9(土)のオールナイトで上映があります。(Y)
新自由人団塊世代(R60)に映画鑑賞の勧め
(2007年・第11号・通巻165号)
昨年末の新文芸坐6周年記念番組にゲスト出演した俳優・山城新伍さんには、当時再起不能の重病説が流れていた。そんな噂を払拭するように和田誠さんと熱く映画談義に花を咲かせて、観客を楽しませてくれたことは記憶に新しい。その山城さんの“元気のひみつ”は、映画を観ることだという。今でもDVD、テレビで観るのを含めると月に30本ほど観ていると、紙面で語っていた。■今年から団塊世代が定年を迎える。団塊世代は高度経済成長時代の日本経済を支えてきた企業戦士たちで、限られた企業内、業界内だけの狭い社会で生きてきた。そんな団塊世代の人々が、企業社会から解放されて、肩書き人間から個人に変換され、今まで経験することのなかった空白で自由な時間が持てる自由人になる。■この団塊世代の人々は、“仕事”即“人生”であり、“家庭の幸福”と思ってきた。そして今、膨大な自由時間を得たが、その時間の活用方法に戸惑っているようで、定年後の世代を対象にした「R60」などの雑誌の新発刊により、様々な時間の過ごし方の情報が出始めたが、山城さんのように映画を観ることをお勧めする。■映画は身近にある最も高級な文化、芸術であり、元々、団塊世代は映画を娯楽として青少年時代を過ごしてきたわけで、還暦を機会に昔に戻って映画館に足を運んで欲しいと思う。新文芸坐もシニア料金は1000円で、かつ2本立ての上映なので、超割安で約4時間は十分に楽しめる。■冷暖房の完備した映画館の漆黒の暗闇の中で、ゆったりとした気分で“感動はスクリーンから”を再び体験して欲しい。そして、シニアが夫々の分野で培ってきた知識と知恵と経験からの意見を、近年アニメ、ヤング向けの作品が多くなっている映画界に発信して欲しいと思う。(N)
突き抜けろ! トニー・スコット
(2007年・第12号・通巻166号)
最近トニー・スコットが気になっている。芸術家的な評価を受ける兄・リドリーに対し、『トップガン』を皮切りに“これぞハリウッド!”テイストのド迫力な娯楽作を連発しているあの監督だ。個人的に“これぞハリウッド!”な映画とは、潤沢な予算と火薬を堪能して豪快に楽しんだ後はスカッと何も憶えていない、といったパターンなのだが、最近のトニー作品にはこれが当てはまらない。鑑賞後、忘れられない何かしらの感動を与えてくれるのだ。◆98年の『エネミー・オブ・アメリカ』ではリアルな国家的監視システムの中での徹底した“追いかけっこ”で活劇の真髄を知り、04年の『マイ・ボディガード』では平成の『わらの犬』とでも言わんばかりのデンゼル・ワシントンの大暴走に手を叩いた。そして05年の『ドミノ』では、トレードマークでもあったスタイリッシュな(チャカチャカして落ち着かない、という人もいる)画像処理を批判覚悟で徹底的に追求し、目が回る孤高の作品とした。そう、近年のトニー作品は見た目も中身もハリウッド的大作なのだが、どこかが清々しいほどに突き抜けていてスカッと忘れることなどできない。そこに私は感動する。◆そして最新作『デジャヴ』。今回はストーリーが既に突き抜けている。フェリー爆破事件が起こりデンゼル・ワシントン扮する捜査官が捜査を始めるが……これ以上書くともうネタバレ、というとんでもない事態。予告編からは想像つかないスリルとアイデアに満ちた怒涛の展開をトニー節で一気に見せる。職人と作家の絶妙なバランスが織り成す“ハリウッド的”作品の底力、そしてこの突き抜け具合。是非大画面で堪能していただきたい。6/30(土)から。(H) |