まんすりいコラム:2006年

第三のスクリーンは永遠である

2006/06/16 — 第142号

当たり前だが、映画は絶対に映画館で見るべきものである。なぜか?

ビデオやDVDでは、スクリーンと観客が渾然一体となって生み出す「曰く言い難いもの」が決定的に欠けているからである。

その「曰く言い難いもの」は、とりわけ、プログラム・ピクチャーの名脇役がスクリーンに登場する瞬間にあらわになる。というのも、観客は、一瞬間だけ現れてまた消えてしまうその名脇役が姿を見せるとき、客席から身を乗り出して、その脇役の映像を自分たちの眼底のスクリーンに定着しようと試みるからだ。その刹那、観客の眼底のスクリーンが無数に集まって、館内に、いわば第三のスクリーンのようなものが形成される。

この第三のスクリーンこそ、プログラム・ピクチャーの脇役が永遠に生きつづけるヴァーチャルな空間であり、かつては映画館にこの第三のスクリーンがあるからこそ、みなせっせと映画館通いをしたのである。

拙著『甦る昭和脇役名画館』が、まさか本当に上映されるようになるとは、こんなに嬉しい驚きはない! 新文芸坐の「脇役列伝」を見てから死ね!!!

— 鹿島茂(フランス文学者、エッセイスト、コレクター)


黒木和雄監督逝く

2006/06/01 — 第141号

今年も、元旦に黒木和雄監督から年賀状が届いた。監督自ら宛名を書き、賀詞は印刷であるが、余白に「よろしくお願いします。」と自筆の添え書きがあった。私の年賀状は、夏恒例の特集番組を今年は、黒木監督の“戦争レクイエム三部作”を中心にした企画を考えている旨を書いて出してあった。数日後、また、黒木監督から元旦に届いた賀状と全く同じ、自筆で宛名を書き、「よろしくお願いします。」と添え書きした年賀状が届いた。◆3月20日、監督協会のイベントのトークショーに来館した時に、黒木監督から「8月の件は、了承しております。」と声をかけられた。間違いなく、二枚目の年賀状は、返事の意味だったのである。その時、8月に公開される新作映画について、「やはり、“あの時代”を撮りました。」と優しい眼差しで話していた。その後、3月25日付消印で、やはり、自筆で宛名を書いた試写状が届いた。それは、松田正隆の戯曲を映画化した『紙屋悦子の青春』である。そんな矢先の訃報であり、吃驚仰天、晴天霹靂である。◆近年の黒木監督は、少年時代の空襲体験に基づいた作品を撮ってきた。今回の新作も、特攻で出撃する青年と、その友や知人の娘との交流を淡々と描いた。黒木監督の言う“あの時代”を描くことにより、“あの時代”を二度と繰り返してはならない、という黒木監督の願望であり、観る者へのメッセージであると思う。黒木監督の願望であり、メッセージをスクリーンを通して、次世代に伝えて行きたいと、黒木監督自筆の三枚のはがきの前で思う。

— 永田稔


虚構の世界を創ること

2006/05/16 — 第140号

劇映画、とくに群像劇とよばれる類の映画を観ると、「脚本家はさぞ気持ち良いだろうな」とうらやましくなります。もちろん作品を生み出すための苦労はあるでしょう。それでも、多くの登場人物をチェスの駒のように自由に配置し好きなように動かせるというのは、神になったような気分なのではないでしょうか。■数多い映画の中には、展開が矛盾だらけだったり、重要な登場人物が知らぬ間に物語から消え失せたり、サスペンスで犯人が終盤に突如として登場したりする稚拙な脚本も少なからずあります。しかしその一方で、ジグソーパズルの最後のピースがピタッとはまるような気持ちいい映画も確実にあります。そんな作品を書き上げたときの脚本家の快感は、観客である私には想像するしかありませんが、脚本家という職業に嫉妬は感じます。■そういう意味で私が初めて脚本家をうらやましく思ったのは、荒井晴彦氏の「リボルバー」(1988年・藤田敏八監督の遺作)でした。柄本明&尾美としのりコンビが最後の1ピースなのですが、この扱いが絶品でした。近年なら、一昨年のアカデミー脚色賞ノミネート「ミスティック・リバー」、本年の作品・脚本賞他「クラッシュ」、キネマ旬報脚本賞の「運命じゃない人」の3作品。観終わったあとにその脚本を書いた人を小憎らしく思ったくらいです。無駄なピースもなく、足りないピースもない。脚本家が創ったそれらの虚構の世界は、破綻なく調和がとれているという意味で美しい世界でした。のみならず、完成したパズルに描かれた図柄に切ない気持ちになったり、打ちのめされたり、笑ったりできたわけで、鑑賞者の私としては大満足な映画たちです。■5/20(土)〜「THE 有頂天ホテル」はパズルとしても、なかなかです。併映は「男たちの大和/YAMATO」。

— 関口芳雄


[漢字][ひらがな]⇒[カタカナ]⇒[ABC]

2006/05/01 — 第139号

近年、日本映画のタイトルが[カタカナ]で付けられることが多くなったように感じる。先頃、特集上映した『気になる日本映画達〈アイツラ〉2005』は、昨年公開した作品の中からセレクトした28作品であったが、内、約6割に当たる16作品に[カタカナ]が使われていた。外国映画のタイトルも、原題をそのまま[カタカナ]で表した作品が多い。◆身近な生活の中から[漢字][ひらがな]が消えていく傾向にあり、社会全般に外来語、外国語が蔓延している。そんな状況に拍車をかけるように、文部科学省は小学校での英語必須化を推進している。石原都知事は、「人間の感性や情念を養うのは国語力だ。小学生から英語を教えるのはナンセンス」と批判していた。この問題を議論するつもりはないが、[カタカナ][ABC…(アルファベット)]が、今まで以上に日常生活の中に入り込むことは明らかである。◆例えば[日本]⇒[ニッポン]⇒[Japan]は、[東京]⇒[トーキョー]⇒[Tokyo]へと移行していくことは必至である。同じ言葉でも[漢字][ひらがな]と[カタカナ]と[アルファベット]と、表記が違えば視覚から伝わってくるニュアンスは全く違ってくる。[漢字][ひらがな]は、単なる文字としての機能の外に、都知事の言う「感性や情念」のような日本人の複雑で微妙な心情をも包含しているように思う。身近な生活から[漢字][ひらがな]が消えてしまうことは、日本人にとって、何か大切なものを失ってしまうような気がするのだが…。

— 永田稔


松竹110年にちなみ松竹映画特集

2006/04/16 — 第138号

—小津安二郎、清水宏、溝口健二、木下惠介……、輝ける松竹の巨匠たちの世界—

松竹の創業は1895年(明治28年)。松竹の資料によると、この年「大谷竹次郎、京都新京極阪井座の仕打となる」とあります。実は「仕打」の意味が分からなかったのですが、広辞苑にも意味が載ってない。調べてみると、どうやら興行主というような意味のようです。●竹次郎には双子の兄がいて名を松次郎。松次郎は白井家に養子に入り、彼も劇場の経営に携わります。1902年大阪朝日新聞が二人のことを“松竹(まつたけ)”と呼び、誰ともなく二人が経営する劇場を“松竹(まつたけ)の芝居”というようになったといいます。●同じ年、二人の事業を一つにし松竹合名会社を設立。そして1920年(大正9年)松竹はついに映画事業に乗り出し松竹キネマ合名社を創設します。このころから初めて“しょうちく”と呼ばれるようになったといわれます。●今回の上映は、戦前作品からは溝口健二の名作『浪華悲歌』など12本。戦後作品からは日本初のカラー劇映画、木下惠介『カルメン故郷に帰る』、野村芳太郎の感動巨編『砂の器』まで25作品。●笑いあり、涙あり。ほのぼの心温まる作品に、日本人を鋭く風刺する作品など、盛りだくさんの内容です。“松竹クラッシックス”とでも呼びたくなるような味わいと気品に満ちたラインナップになりました。●4/29は木下惠介のもと助監督を務めた脚本家の山田太一さんのトークショー。5/5は澤登翠さんらによる活弁付きの上映です。乞うご期待。

— 矢田庸一郎


まだまだまだオールナイト

2006/04/01 — 第137号

“日本映画監督協会創立70周年記念”特集は3/24の伊藤俊也監督作品『映画監督って何だ?』の上映をもちまして無事終了……いたしません! 70周年ということで70本の作品を上映するためには、まだまだオールナイトが残っております。豪華監督競宴のトークショーと共にお贈りする、深夜ならではの濃厚なシャシン(映画)を頑張って(何せ終映が遅い)御高覧ください。★さて、監督協会の後も、お祭り騒ぎのオールナイト(但し、上映中はお静かに)。ピンク大賞、「ロード・オブ・ザ・リング」大会、ヴィム・ヴェンダース監督来館! と、ナント“クレヨンしんちゃん”は、お休みになってしまいました。でも、3年ぶりに、「ルパン三世シークレットナイト」が復活。ゲストトーク、劇場版、TVスペシャル版、パイロット版(試作品)&TVシリーズの傑作選を、2週に亙ってお贈り致します。★この間に、新作公開記念の監督ワンマンショーが御座居ます。一昨年の東京国際映画祭グランプリ・監督賞・男優賞を独占した根岸吉太郎監督作『雪に願うこと』。昨年のカンヌ映画祭・史上最年少男優賞が話題となった『誰も知らない』の、是枝裕和監督初の時代劇、V6の岡田准一主演の『花よりもなほ』であります。最新作のサワリ(予告篇)と共に、過去の代表作を勿論、監督のトーク付きで上映致します。因みに、リクエストの多かった『誰も知らない』を上映しようとオールナイト企画を打診したところ、御多忙とのことで、お流れになりかかっていたのですが、当館で隔月開催の落語の会、立川志らく師匠(兼・監督)の「シネマ落語」に、是枝監督が来られ支配人が直接お話したところ、トントン拍子にコトが進んで、メデタシ上映と相成ったのであります。

— 花俟良王


3 / 4« 先頭...234