まんすりいコラム:2006年

6周年、感謝のリニューアル工事とお知らせ

2006/12/16 — 第154号

今年も早いもので、残すところ僅かな日数になり、1年を振り返る季節になってしまいました。映画ファンの皆さんは、今年どのような映画に出会ったでしょうか。新文芸坐では、今年もほぼ例年通り500本以上の映画を上映しましたが、その中に感動、興奮、刺激を受けた映画、心に残る映画に巡り会うことができたでしょうか。■さて、新文芸坐はオープンしてこの12月で満6年になりました。ご来場いただいたひとりひとりのお客様のお陰と、心より感謝いたしております。15日に終わった《和田誠が「もう1度観たいのになかなかチャンスがない」と言っている日本映画》は、お客様に対する謝恩の気持ちを込めた番組でしたが、施設面でもリニューアルしてお客様に謝意を表したいと思います。■スクリーンを張替え、客席を1脚づつ洗浄し、ロビーの天窓の清掃と壁の塗装工事を行って、6年前のオープン当時と同様の明るいロビー、気持ち良い客席、映像が映えるスクリーンに蘇生して快適な空間を提供したいと考えています。サービス面でも、経験を積み重ねてきたスタッフが、初心に返って誠心誠意サービスに努めますので、マイシアターとしてご来場くださいますよう、宜しくお願い申し上げます。

— 永田稔


新人監督の登竜門、「エイリアン」シリーズ

2006/12/01 — 第153号

先日、子供をつれてジブリの森美術館に行ったのですが、学生時代以来ほとんど訪れることのなかった三鷹駅南口の変わりように驚きました。といっても、再開発されてから既に久しいのですが……。◆その昔、三鷹オスカーという名画座があったことを思い出しました。そこで観た映画を思い出してみると、学生の頃に観た「郵便配達は二度ベルを鳴らす(ヴィスコンディ)」「ソドムの市」「サロン・キティ」のエロ(&グロ)3本立てや、キューブリック3本立て、「エクソシスト」「ジョーズ」「エイリアン」のA級・恐怖映画、グリーナウェイ3本立て、そして最後の番組となった「グッドモーニング・バビロン!」「巴里を追いかけて」「インテルビスタ」の“映画の映画”3本立て、……。奇をてらわない正統的な番組を提供してくれる名画座でした。◆この中の恐怖映画3本立てを観たときの単純な感想は、一番怖いのは「エイリアン」、一番面白いのは「ジョーズ」、そして「エクソシスト」はイマイチだったということ。このうち2本は、その後続編が作られながらも一級品とはいえなかったのに対し、「エイリアン」シリーズは同様に監督を替えながらも特別な映画であり続けています。SFホラー映画の金字塔「エイリアン」シリーズは、“新人監督の登竜門”といわれていました。というのも、唯ひとりジャン=ピエール・ジュネだけは既に功成り名遂げていましたが、他の監督は今でこそ超有名監督ですが「エイリアン」を撮ったときは新人あるいはまだ無名だったからです。12/23(土)のオールナイトは、エイリアン全作上映。才能ある若手監督たちがブレイクする瞬間のほとばしるエネルギーを、もう一度ご堪能ください。

— 関口芳雄


和田誠さんとの不思議なご縁から生まれた6周年記念特集

2006/11/16 — 第152号

新文芸坐は、20世紀末の2000(平成12)年12月12日にオープンしました。お蔭様で、今年で満6年を迎えることができました。お客様に謝恩の気持ちを込めた記念番組を、イラストレーターの和田誠さんに企画していただきました。■和田さんが観た数多くの作品の中で、心の隅に残っているシーンや俳優をもう一度観たいが、観るチャンスがない映画を、観客の皆さんと一緒に観ようと選んでくれた14本です。内、10本は新文芸坐のスクリーンに初登場です。我々の既成概念からは考え及ばない作品が選ばれて、正に名画座らしい新鮮な番組になりました。■そして、上映作品に合わせてゲストをお呼びして、和田さんと映画談義のトークショーを毎日行う趣向です。三谷幸喜さん、岡本みね子さん、中井貴一さん、立川談志さん、山城新伍さん、白井佳夫さん、山根貞男さんが来場します。6周年記念に相応しい錦上花を添える“七福神”です。12/9からの《和田誠が『もう1度観たいのになかなかチャンスがない』と言っている日本映画》を観て、聞いて、映画の面白さ、楽しさを再確認してください。■和田さんとのお付き合いは、新文芸坐の受付前のガラスの壁面に、20世紀の名作映画のワンシーンのイラストレーションを描くことを依頼したことが始まりです。この時、面識のなかった和田さんに電話でアポイントを取った数時間後に、地下鉄の同じ車両に乗り合わせる偶然に出会いました。その後、東西落語研鑽会の旗揚げ、銀座落語祭り、紀伊国屋ホールなどで席が隣り合わせになるなど偶然が重なりました。今回の企画も、そんな偶然お会いした時の会話から実現したものです。和田さんとの不思議なご縁を感じます。このようなご縁は、今後も大切にしたいと考えております。

— 永田稔


名画座の中の小さな本屋よりおススメ

2006/11/01 — 第151号

今年発売になった話題の書『黒澤明vs.ハリウッド 「トラ・トラ・トラ!」その謎のすべて』(著者:田草川弘/文藝春秋刊/当館でも販売中)よると、1968年『トラ・トラ・トラ!』を撮影中の京都太秦撮影所ではトラブルが続出していた。●撮影所の照明が落下する事件。小道具の手紙の中にやくざの果し状が入っていたとして黒澤監督が激怒、チーフ助監督に助監督全員のビンタを命じた「果たし状事件」。また黒澤は撮影直前、壁の作り直しを命じる(壁壊し事件)といったような奇行を繰り返し現場は大混乱に陥る。遂に12月24日、撮影開始から23日目、二十世紀フォックスは黒澤を解任した。●当時の資料は散逸し、黒澤本人を含め多くが鬼籍に入った。当時から関係者の口は重く、真実は未だ明らかではない。●黒澤と仕事をした経験がある著者は、黒澤解任という闇をこのままにしてはならないという思いに駆られ、この作品のプロデューサー、エルモ・ウィリアムズへインタビューを試み、またアメリカの大学図書館などで『虎 虎 虎』の準備稿や資料を発見するに至る。本書は、新たな発見された事実に基づき、もう一度、黒澤の夢と無念の軌跡を辿り直そうとした試みの記録なのだ。●もう一方の主役とも言えるエルモ。2本のオスカーを獲得した映画人で、思い遣りの心を持った彼の人物像が鮮やかに浮かび上がるのも、本書の魅力のひとつだ。●エルモもまた黒澤に心酔した1人だった。彼に著者は残酷な質問をする。“黒澤を起用したことは間違いだったのか?”“クロサワはとても傷ついたし、我々も傷ついた。そしてクロサワに対して我々が抱いていた尊敬の念までぶち壊してしまった。クロサワを起用した私の判断は誤りだった”。エルモは静かにゆっくりと答えたという。

— 矢田庸一郎


番組いろいろ……

2006/10/16 — 第150号

新文芸坐では、旧作を企画特集して上映する名画座的番組と、ロードショー公開後の新作を上映する二番館的番組とを組み合わせてラインアップしている。何れの場合でも2本立上映を基本にしている。◆最近、当館で上映した『かもめ食堂/寝ずの番』と、『嫌われ松子の一生/ダ・ヴィンチ・コード』の番組に対して、脈絡のない2作品の組合せで、新文芸坐らしくない番組との指摘を受けた。この指摘は、新作2本立1週間番組の二番館的番組に対してである。◆新作映画の番組については、ジャンルに捉われず良質の作品を選ぶようにしている。組合せの“妙”よりも“新鮮さ、早さ”を優先した番組にしている。結果として脈絡のない作品の組合せの番組になる場合もある。音楽、演劇、演芸や格闘技までも、様々なコラボレーションが見られる時代である。異質映画のコラボレーション番組とご理解いただきたい。◆『マスク』『セブン』『オペラ座の怪人』など話題作を配給してきたギャガ・コミュニケーションズ(GAGA)が創立20周年を迎えた記念に、現在、劇場上映権のある作品の中から24作品を選んで、10/28から特集上映する。◆外国映画輸入配給会社は、UIP、WB、FOX、SPE、BVなど米メジャー系5社に対して、国内資本の配給会社をインディペンデント系と呼んでいる。多種多様でキラリと光る良質な作品を配給しているインディペンデント系の中で、今回は節目のGAGAを企画特集した。◆全ての上映作品はDVD化されているが、この機会を逃すと再びスクリーンで観ることが出来ないと思う。新文芸坐は、いろいろな番組を企画し、数多くの作品を上映していきたいと考えている。これからもご来場の程を宜しくお願いします。

— 永田稔


力と品格

2006/10/01 — 第149号

技術の進歩により人間は「できること」が増えましたが、同時に「やってはいけないこと」も増えていることに私は注目します。ふたつは言い換えれば、能力と規制。力と品格といってもよいかもしれません。■人類は太古、自分のグループの幸福ために、他グループの人間の命や財産を力で奪っていました。「2001年 宇宙の旅」を思い出してください。動物の骨を棍棒として使うことにより、人類の先祖はより簡単に人を殺す手段=武器を手に入れました。よくいわれることですが、人間の科学技術は戦争のたびに進歩するようです。コンピュータの原型なった世界初の電子計算機は、大砲の弾道計算を目的に作られたものでした。こうして人類は「できること」をどんどん増やしていったのです。■その一方で、人間は道徳や法を使って、できることを規制してきました。それは殺人や破壊といった暴力的行為だけではありません。例えば、経済には健全な自由競争のために独占禁止法という規制があり、小さいところでは映画館での携帯電話の使用もマナー違反です。■能力と規制は、時代とともに変わりますので、今の価値観を以って過去の歴史を裁くのは間違いです。と同時に、今ならやってよいことも将来やってはいけない行為となる可能性があることにも心するべきです。例えば「値段のあるものを売買する自由」です。他国に対する経済制裁=売らない自由、自分の棺に入れて欲しいとゴッホの絵画を落札=買う自由……。■1946年、東京裁判で、人類は「平和に対する罪」に言及するまで進歩しました。戦争はできても、やってはだめだぞ、と。11/4(土)オールナイトは『東京裁判』一挙上映です。その後の60年間を知っている我々に自問したい。あれから人間は進歩したのでしょうか?

— 関口芳雄


映画館ですが、本も売ってます

2006/09/16 — 第148号

当館の書籍販売コーナーには、映画をより楽しむための本がズラリ並んでいるのですが、何も作家論や作品論ばかりという訳ではありません。先日、職業柄無視できないタイトルの本が入荷しました。映画批評家・映画学者である加藤幹郎さんの著作『映画館と観客の文化史』(中央公論新社)です。リュミエール兄弟が映画を上映する歴史的な日より前に存在していた“パノラマ館”から始まり、入場料ニッケル硬貨1枚(=5セント)だった初の常設映画館“ニッケルオディオン”や絢爛豪華な“ピクチュアパレス(映画宮殿)”、そして現在のシネコンやアイマックス・シアターまで、今まであまり語られてこなかった映画館と観客の歴史が綴られています。◆中でも興味深かったのは場内のマナーに関しての歴史。当館でも「上映中はお静かに」ということを(皆様うんざりするほど?)お願いしていますが、たまに年配のお客様から「昔の客は賑やかだったんだけどねぇ」といったお言葉もいただきます。確かに往年の映画の中にも、途中入場は当たり前、タバコを吸いながらワイワイガヤガヤ談笑し、ピーナッツの殻を撒き散らす、といった場内の描写を目にしますし、そんな時代を羨望する自分もいます。予告やアナウンスなどで静寂をお願いしだしたのも最近のこと、だから私も「そうなんですけどねぇ」などと答えていたのですが……。◆なんとこの本によると1905年頃のニッケルオディオンでは、スライド(幻燈機)を見ながらの観客の合唱(!)が終わると、映画の上映前に「大声でのおしゃべりや口笛指笛はご遠慮ください」「喫煙ご遠慮ください」「帽子はお脱ぎください」などといった注意書きがスクリーンに映し出されていたそうです。短編のサイレント映画しか存在しなかった時代、映画のありがたみがひしひしと伝わってきます。◆様々な要因でこの風潮は短命に終わりますし、だから皆様も上映中はお静かに、という結論にも結びつきません。ただ、今と変わらぬ苦労をする100年前の同業者に、感慨深くというよりかは、なんとも微笑ましく思いを馳せたのでありました。

— 花俟良王


内田吐夢の傑作『血槍富士』がニュープリントで蘇る

2006/09/01 — 第147号

内田吐夢の本名は常次郎。岡山出身、1898年生まれ。二十歳すぎ、横浜のピアノ製作所で働く。その頃、仲間たちから「トム」と呼ばれ、映画に関わるようになり「吐夢」と名乗った。●28歳で日活京都撮影所に入る前、旅芸人の一座に加わったり日雇い人夫をやったり、社会の底辺で生きる体験をする。これが吐夢のリアリズムを形作った。●『競争三日間』(’27)で本格的監督デビュー。名作『土』(’39)などを撮った後、’45年軍の映画を撮るため満州に渡るが映画は頓挫。当地で敗戦を迎える。中国の鉱山で肉体労働をさせられる。’53年にようやく帰国の途に。吐夢、55歳であった。●『血槍富士』(’55)は帰国後第1作。13年のブランクを越えて撮った作品だ。●武士・小十郎と槍持ち・権八(片岡千恵蔵)とお供の源太。3人ののどかな東海道の旅模様。小十郎は若く気立てのいい主人だが、ひとつだけ欠点がある。酒乱なのだ。源太も酒に目がない性質。ふたりは権八が目を離した隙に居酒屋へ。●クライマックスは俄かに訪れる。ふたりは酩酊した武士たちに絡まれ斬り殺される。駆けつける権八、だが時すでに遅し。なんと無残な姿に! 穏やかな男が怒りをあらわにする。造り酒屋の狭い中庭。槍を持って迫る。権八はただの下男。槍を怒りにまかせて振り回す。槍が酒樽を突く。酒がほとばしる。権八と武士が這いずり回り泥だらけになって死闘する。●数多い時代劇の中でも屈指の名場面。脚本家・鈴木尚之の『私説 内田吐夢伝』によると、吐夢が巨匠と言われるようになったのは、この殺陣を撮った翌日からだったという。

— 矢田庸一郎


昭和天皇に関する二つの話題

2006/08/16 — 第146号

夏が来て、8月15日の終戦の日が近づいたこの時期に、昭和天皇に関する二つのニュースが話題になっている。一つは、A級戦犯合祀を理由に、天皇が靖国神社参拝を取りやめたとする元宮内庁長官のメモが見つかり、社会に波紋を起こしたことである。小泉首相の靖国参拝が中国、韓国との首脳外交断絶の原因とされているが、さて、今年の小泉首相の靖国参拝はあるのだろうか、興味深い。◆もう一つは、昭和天皇が主役の映画『太陽』の公開である。『太陽』は、昨年2月ベルリン映画祭で絶賛され、世界12カ国で上映されながらも、日本では“現人神”と崇められた天皇が主役の映画に、製作資金の投資もなく、配給権を買う会社もなかったが、紆余曲折の末8月初旬に公開されることになった。◆メガホンを執ったのは、ロシアの幻想派監督アレクサンドル・ソクーロフで、昭和天皇の終戦間際から人間宣言に至るまでの日常をフィクションとして描き、昭和天皇に寄せる慈しみと愛情に溢れた映画である。◆戦争という悲劇に翻弄される中で、小柄で優しい、飄々としてユーモアのある暖かな人間味の天皇を、苦悩と孤独と家族思いのひとりの人間を、イッセー尾形は細やかな動作にまで気を配った淡々と抑えた演技、静かな台詞と形態模写で、監督の意図を見事に表現し切った。イッセー尾形の名演技があっての映画『太陽』である。◆『太陽』の中の昭和天皇も、靖国問題も、太平洋戦争が根幹にある。北朝鮮のミサイル発射事件における、政府高官の敵基地攻撃容認発言は、今の社会状況が戦争の時代に向って動いているように思える。この時期、真剣に“戦争”について考えてみよう。

— 永田稔


続・虚構の世界を創ること

2006/08/01 — 第145号

裏切り者を追ってひとりジャングルに迷い込んだ主人公。偶然出会った男がサーフボード(ジャングルですが)を何故か2枚持っている。1枚くれるというので受け取ると、突然津波(ここはジャングルです)が襲ってくる。幸運にもサーフボードを持っていた主人公は、大波に乗って崖っぷち(ジャングルのそばにあったんでしょう)に近づくと、幸運は重なるもので探していた裏切り者をそこで発見する…。■小学生でも思いつかない、ひたすら偶然に頼った展開ですが、10年前にこんな映画が公開されているのです。この近未来アクション映画はツッコミどころ満載の映画なのですが、最近でもまだ上映する映画館があるほどの人気です。それはその世界の神=脚本・監督を敬愛し支持するするファンが多いということなのでしょう。■前回のこの稿で、映画の脚本家について「多くの登場人物をチェスの駒のように自由に配置し好きなように動かせるというのは、神になったような気分なのではないでしょうか」と書きました。脚本家に限らず、物語を作るということはとりもなおさず人間、のみならず世界=宇宙を自由に動かせるということです。自由となると、人は意地悪です。世界が終始ハッピーな物語というのは面白くない。主人公には必ず試練が与えられます。公園の砂場でトンネルを作った男の子が、最後に怪獣人形を登場させるように…。■旧約聖書「創世記」では、人間は天地創造の6日目に神が自らの姿に似せ土から創造されたといっています。つまり人間(アダム=男性)の外見は神様に似ているというわけです。でも外見だけでしょうか? 日々のニュースを目にするにつけ、本当の神様もハッピーはお好きではないように思えるのですが。

— 関口芳雄


ゴローちゃんと観たい『ミュンヘン』

2006/07/16 — 第144号

最近、稲垣吾郎の映画評(感想?)が気になっています。そう、あの国民的アイドルグループ、SMAP(スマップ)の“ゴローちゃん”です。バラエティ番組の中で月に一度、指定された新作映画5本を観て彼がコメントしながらランキングする、というコーナーがあります。当初は多くの映画ファン同様(そうですよね?)「アイドルに何がわかるんだ!」と反論しようとしたのですが、どうもできない。トップアイドルのゆとりか特権か、テレビにありがちな当たり障りのない表現ではなく、淡々と客観的かつ利害関係無視の辛辣なコメントをするではないですか。最近では自局制作ドラマの映画化作品を酷評し男気を見せてくれました。そして何より目から鱗が落ちたのは、その月の1位に『インサイド・マン』を挙げ、満足気に「役者も良く、構成も凝っていて面白かった」とサラリとコメントを締めたことです。もし映画ファンが『インサイド・マン』を語るとしたら、“社会派の雄、スパイク・リーが撮った娯楽サスペンス”的な文句が出てくるはず。しかし「ゴローちゃん、スパイク・リー知らないの?」と言ったところで何の意味があるのでしょう。彼は映画の知識がなくても真正面から映画を楽しんでいる。評論を読んだり映画史を紐解く楽しみはあくまで付加価値であり、いかに自分が知識を頼りに映画を観てしまっているかということを痛感した次第です。◆さて、当館では『ミュンヘン』を上映します。監督のスピルバーグはハリウッド娯楽映画の代名詞として語られ続けている超有名監督。公開時スピルバーグは自分のイメージや『ミュンヘン』の持つ社会性から、メディアに作品の本質を曲解されぬよう取材や試写は極力避けたそうです。やはり余計な知識は必要ないのでしょう。だから私もここでは、心揺さぶられる力作です、ということと、そう言えばゴローちゃんも1位に挙げてたな、ということだけお伝えしておきます。是非ご覧ください。

— 花俟良王


黒木和雄監督に続いて今村昌平監督も逝く

2006/07/01 — 第143号

カンヌ国際映画祭で2度のパルムドールに輝いた今村昌平監督が5月30日に亡くなった。4月に亡くなった黒木和雄監督に続く訃報である。同世代の両監督は、共に“巨匠”と呼ばれるのに相応しい実績を残した。◆1926年生まれの今村監督、30年生まれの黒木監督は、青少年時代に未曾有の太平洋戦争に遭遇している。黒木監督は九州で、今村監督は東京で、日常生活を脅かす空襲を、そして敗戦を体験し、戦後それまでの価値観が180度変わった社会秩序の混乱した状況の下で、黒木監督は同志社大学で、今村監督は早稲田大学で学んだ。◆両監督の映画に共通していることは、青少年時代の戦争体験が色濃く反映されていることである。殺し殺されるという悲惨な戦闘場面はないが、生活する人々の悲しみ、苦しみ、笑い、愛、欲望など、時代に流されながらも懸命に生きる“さま”を描いている。◆黒木作品には、半世紀前の“あの時代”を二度と繰り返してはならないというメッセージが込められているし、今村作品は、戦後の闇市を体験したことで、人間を狂わせる“欲望”を正面から描いている。今、多発している金融証券事件は、拝金主義によるモラル無視の“欲望”の結果であり、現代人の心は、闇市の“あの時代”に逆戻りしてしまったようである。◆両監督は、いつの時代にも示唆を与えるであろう多くの名作を残した。また、後継者育成のために映画専門学校を設立した今村監督は、後輩に多くのメッセージを残したに違いない。その作品や言動を後世に伝えていきたいと思う。今年の夏恒例の特集《映画を通して戦争を語り継ぐ》は、急遽、両監督の追悼番組として8月5日から3週間上映する。

— 永田稔


第三のスクリーンは永遠である

2006/06/16 — 第142号

当たり前だが、映画は絶対に映画館で見るべきものである。なぜか?

ビデオやDVDでは、スクリーンと観客が渾然一体となって生み出す「曰く言い難いもの」が決定的に欠けているからである。

その「曰く言い難いもの」は、とりわけ、プログラム・ピクチャーの名脇役がスクリーンに登場する瞬間にあらわになる。というのも、観客は、一瞬間だけ現れてまた消えてしまうその名脇役が姿を見せるとき、客席から身を乗り出して、その脇役の映像を自分たちの眼底のスクリーンに定着しようと試みるからだ。その刹那、観客の眼底のスクリーンが無数に集まって、館内に、いわば第三のスクリーンのようなものが形成される。

この第三のスクリーンこそ、プログラム・ピクチャーの脇役が永遠に生きつづけるヴァーチャルな空間であり、かつては映画館にこの第三のスクリーンがあるからこそ、みなせっせと映画館通いをしたのである。

拙著『甦る昭和脇役名画館』が、まさか本当に上映されるようになるとは、こんなに嬉しい驚きはない! 新文芸坐の「脇役列伝」を見てから死ね!!!

— 鹿島茂(フランス文学者、エッセイスト、コレクター)


黒木和雄監督逝く

2006/06/01 — 第141号

今年も、元旦に黒木和雄監督から年賀状が届いた。監督自ら宛名を書き、賀詞は印刷であるが、余白に「よろしくお願いします。」と自筆の添え書きがあった。私の年賀状は、夏恒例の特集番組を今年は、黒木監督の“戦争レクイエム三部作”を中心にした企画を考えている旨を書いて出してあった。数日後、また、黒木監督から元旦に届いた賀状と全く同じ、自筆で宛名を書き、「よろしくお願いします。」と添え書きした年賀状が届いた。◆3月20日、監督協会のイベントのトークショーに来館した時に、黒木監督から「8月の件は、了承しております。」と声をかけられた。間違いなく、二枚目の年賀状は、返事の意味だったのである。その時、8月に公開される新作映画について、「やはり、“あの時代”を撮りました。」と優しい眼差しで話していた。その後、3月25日付消印で、やはり、自筆で宛名を書いた試写状が届いた。それは、松田正隆の戯曲を映画化した『紙屋悦子の青春』である。そんな矢先の訃報であり、吃驚仰天、晴天霹靂である。◆近年の黒木監督は、少年時代の空襲体験に基づいた作品を撮ってきた。今回の新作も、特攻で出撃する青年と、その友や知人の娘との交流を淡々と描いた。黒木監督の言う“あの時代”を描くことにより、“あの時代”を二度と繰り返してはならない、という黒木監督の願望であり、観る者へのメッセージであると思う。黒木監督の願望であり、メッセージをスクリーンを通して、次世代に伝えて行きたいと、黒木監督自筆の三枚のはがきの前で思う。

— 永田稔


虚構の世界を創ること

2006/05/16 — 第140号

劇映画、とくに群像劇とよばれる類の映画を観ると、「脚本家はさぞ気持ち良いだろうな」とうらやましくなります。もちろん作品を生み出すための苦労はあるでしょう。それでも、多くの登場人物をチェスの駒のように自由に配置し好きなように動かせるというのは、神になったような気分なのではないでしょうか。■数多い映画の中には、展開が矛盾だらけだったり、重要な登場人物が知らぬ間に物語から消え失せたり、サスペンスで犯人が終盤に突如として登場したりする稚拙な脚本も少なからずあります。しかしその一方で、ジグソーパズルの最後のピースがピタッとはまるような気持ちいい映画も確実にあります。そんな作品を書き上げたときの脚本家の快感は、観客である私には想像するしかありませんが、脚本家という職業に嫉妬は感じます。■そういう意味で私が初めて脚本家をうらやましく思ったのは、荒井晴彦氏の「リボルバー」(1988年・藤田敏八監督の遺作)でした。柄本明&尾美としのりコンビが最後の1ピースなのですが、この扱いが絶品でした。近年なら、一昨年のアカデミー脚色賞ノミネート「ミスティック・リバー」、本年の作品・脚本賞他「クラッシュ」、キネマ旬報脚本賞の「運命じゃない人」の3作品。観終わったあとにその脚本を書いた人を小憎らしく思ったくらいです。無駄なピースもなく、足りないピースもない。脚本家が創ったそれらの虚構の世界は、破綻なく調和がとれているという意味で美しい世界でした。のみならず、完成したパズルに描かれた図柄に切ない気持ちになったり、打ちのめされたり、笑ったりできたわけで、鑑賞者の私としては大満足な映画たちです。■5/20(土)〜「THE 有頂天ホテル」はパズルとしても、なかなかです。併映は「男たちの大和/YAMATO」。

— 関口芳雄


[漢字][ひらがな]⇒[カタカナ]⇒[ABC]

2006/05/01 — 第139号

近年、日本映画のタイトルが[カタカナ]で付けられることが多くなったように感じる。先頃、特集上映した『気になる日本映画達〈アイツラ〉2005』は、昨年公開した作品の中からセレクトした28作品であったが、内、約6割に当たる16作品に[カタカナ]が使われていた。外国映画のタイトルも、原題をそのまま[カタカナ]で表した作品が多い。◆身近な生活の中から[漢字][ひらがな]が消えていく傾向にあり、社会全般に外来語、外国語が蔓延している。そんな状況に拍車をかけるように、文部科学省は小学校での英語必須化を推進している。石原都知事は、「人間の感性や情念を養うのは国語力だ。小学生から英語を教えるのはナンセンス」と批判していた。この問題を議論するつもりはないが、[カタカナ][ABC…(アルファベット)]が、今まで以上に日常生活の中に入り込むことは明らかである。◆例えば[日本]⇒[ニッポン]⇒[Japan]は、[東京]⇒[トーキョー]⇒[Tokyo]へと移行していくことは必至である。同じ言葉でも[漢字][ひらがな]と[カタカナ]と[アルファベット]と、表記が違えば視覚から伝わってくるニュアンスは全く違ってくる。[漢字][ひらがな]は、単なる文字としての機能の外に、都知事の言う「感性や情念」のような日本人の複雑で微妙な心情をも包含しているように思う。身近な生活から[漢字][ひらがな]が消えてしまうことは、日本人にとって、何か大切なものを失ってしまうような気がするのだが…。

— 永田稔


松竹110年にちなみ松竹映画特集

2006/04/16 — 第138号

—小津安二郎、清水宏、溝口健二、木下惠介……、輝ける松竹の巨匠たちの世界—

松竹の創業は1895年(明治28年)。松竹の資料によると、この年「大谷竹次郎、京都新京極阪井座の仕打となる」とあります。実は「仕打」の意味が分からなかったのですが、広辞苑にも意味が載ってない。調べてみると、どうやら興行主というような意味のようです。●竹次郎には双子の兄がいて名を松次郎。松次郎は白井家に養子に入り、彼も劇場の経営に携わります。1902年大阪朝日新聞が二人のことを“松竹(まつたけ)”と呼び、誰ともなく二人が経営する劇場を“松竹(まつたけ)の芝居”というようになったといいます。●同じ年、二人の事業を一つにし松竹合名会社を設立。そして1920年(大正9年)松竹はついに映画事業に乗り出し松竹キネマ合名社を創設します。このころから初めて“しょうちく”と呼ばれるようになったといわれます。●今回の上映は、戦前作品からは溝口健二の名作『浪華悲歌』など12本。戦後作品からは日本初のカラー劇映画、木下惠介『カルメン故郷に帰る』、野村芳太郎の感動巨編『砂の器』まで25作品。●笑いあり、涙あり。ほのぼの心温まる作品に、日本人を鋭く風刺する作品など、盛りだくさんの内容です。“松竹クラッシックス”とでも呼びたくなるような味わいと気品に満ちたラインナップになりました。●4/29は木下惠介のもと助監督を務めた脚本家の山田太一さんのトークショー。5/5は澤登翠さんらによる活弁付きの上映です。乞うご期待。

— 矢田庸一郎


まだまだまだオールナイト

2006/04/01 — 第137号

“日本映画監督協会創立70周年記念”特集は3/24の伊藤俊也監督作品『映画監督って何だ?』の上映をもちまして無事終了……いたしません! 70周年ということで70本の作品を上映するためには、まだまだオールナイトが残っております。豪華監督競宴のトークショーと共にお贈りする、深夜ならではの濃厚なシャシン(映画)を頑張って(何せ終映が遅い)御高覧ください。★さて、監督協会の後も、お祭り騒ぎのオールナイト(但し、上映中はお静かに)。ピンク大賞、「ロード・オブ・ザ・リング」大会、ヴィム・ヴェンダース監督来館! と、ナント“クレヨンしんちゃん”は、お休みになってしまいました。でも、3年ぶりに、「ルパン三世シークレットナイト」が復活。ゲストトーク、劇場版、TVスペシャル版、パイロット版(試作品)&TVシリーズの傑作選を、2週に亙ってお贈り致します。★この間に、新作公開記念の監督ワンマンショーが御座居ます。一昨年の東京国際映画祭グランプリ・監督賞・男優賞を独占した根岸吉太郎監督作『雪に願うこと』。昨年のカンヌ映画祭・史上最年少男優賞が話題となった『誰も知らない』の、是枝裕和監督初の時代劇、V6の岡田准一主演の『花よりもなほ』であります。最新作のサワリ(予告篇)と共に、過去の代表作を勿論、監督のトーク付きで上映致します。因みに、リクエストの多かった『誰も知らない』を上映しようとオールナイト企画を打診したところ、御多忙とのことで、お流れになりかかっていたのですが、当館で隔月開催の落語の会、立川志らく師匠(兼・監督)の「シネマ落語」に、是枝監督が来られ支配人が直接お話したところ、トントン拍子にコトが進んで、メデタシ上映と相成ったのであります。

— 花俟良王


ヴェンダースがやってくる!!

2006/03/16 — 第136号

前号でもお知らせしたとおり、当館では「ロード・オブ・ザ・リング」(以下LotR)スペシャル・エクステンデッド・エディションの3本立を上映いたします。4/22(土)の夕方5時からのオールナイトと、4/23(日)の朝10時からの2回限定上映です。この3本立は他館でも上映されたことがありますが、昼に上映されることは希で、「まとめて観たいけれど、オールナイトでは…」という方のために当館では昼も上映いたします。しかも3本立でご入場料金が3000円! 同じ料金では二度と上映できないと思われますので是非この機会にご覧ください。また、通常は通信販売でしか購入できないLotR関連グッズの販売も予定しています。皆さま、オトナ買いの御用意はよろしいでしょうか。他にオールナイトの上映では、LotR予告編大会やイベントを予定しています。お楽しみに。■もうひとつビッグニュースです。何と、あのヴィム・ヴェンダース監督が来館、舞台挨拶をしていただくことが決定いたしました! 5/2(火)の変則オールナイト上映ですが、翌日からGWが始まりますのでファンの皆さま、万難を排して新文芸坐に集結しましょう。つきましてはファンから監督への質問にお答えいただくべく、質問を募集いたします。ご質問は staff@shin-bungeiza.com 宛てにメールで送っていただくか、またはロビーの投書箱へどうぞ。その中から2〜3選ばせていただき、監督にお答えいただきたいと考えています。■その他「ピンク大賞」「ルパン三世 シークレットナイト」と、来館ゲストが目白押しの新文芸坐オールナイト。どうぞご期待ください。■友の会会員の方々へ。第4回懸賞クイズの回答は“Naijo No Ko”(内助の功)でした。正解者から5名様に招待券を郵送いたしました。

— 関口芳雄


春の訪れはフロドと共に。三部作一挙上映!

2006/03/01 — 第135号

大願成就とはこのことでしょうか。「ロード・オブ・ザ・リング」(以下「LotR」)三部作、遂に上映決定です。◆当館で、IとIIにあたる「LotR」「LotR 二つの塔」の連続上映を行って大きな反響を頂いてからというもの、幾度となく「LotR 王の帰還」を含めた三部作の連続上映のリクエストを頂きました。当然です。この三部作の場合はヒットを受けて作られた“続編”ではなく、ピーター・ジャクソン監督の原作への尊敬と愛に溢れた明確なヴィジョンのもと、15ヶ月かけて一気に三部作を撮影したものです(個人的には「LotR 王の帰還」でのアカデミー賞11部門独占は、シリーズ全体への評価だと思います)。一気に観たいという気持ちは痛いほど分かります。リクエストに対しては「私たちもやりたいんですけどねぇ……」と、諸般の事情で情けない返事しかできませんでしたが、お待たせしました、三部作完結から2年、一作目公開から4年、皆さんの声援により上映決定です。◆監督は、それぞれ劇場初公開版が公式であり最終版である、という旨の発言をしています。しかしここまでお待たせしたのですから、ファンの間で秘かに“完全版”と称されるスペシャル・エクステンデッド・エディション(SEE版)で上映したいと思います。それぞれ30分〜50分の追加シーンと再編集が施されたSEE版では、完成されていたはずの「LotR」の世界がさらに深く、分かりやすく描かれます(一作目などオープニングが全く違う!)。3作合計681分……時間表記としてはあまり見る機会のない数字ですが……なんと11時間21分! 成田〜ミラノの搭乗時間とほぼ同じ。従って座席指定、出入り自由、休憩も多めにとります。万全の体調で挑んでください。詳細は別項で。まずは感謝とご報告まで。

— 花俟良王


まんすりいコラム

2020/06/08
テレキネシスに呼び起こされた私のプロムパーティー
2020/03/31
忘れ得ぬ美しき戦慄と婆ばの顔
2020/02/27
『キャッツ』と猫と夢
2020/01/31
エビス・ラビリンス
2020/01/01
明けましておめでとうございます
2019/12/30
贅沢すぎる映画納め

年別アーカイブ