まんすりいコラム:2008年

ハリウッドの赤狩りと負の遺産 脚本クレジットの剥奪と復権

2008/12/01 — 第196号

■『アラビアのロレンス』(62)がリバイバル上映される。脚本は『わが命つきるとも』で知られる劇作家ロバート・ボルト。だが、当初脚本を書いたのはマイケル・ウィルソンである。しかし、彼は赤狩りで51年にブラックリストに載り、デヴィッド・リーン監督の前作『戦場にかける橋』に続きクレジットから外された。■47年、下院の非米活動委員会で喚問の不当性を訴えた10人が50年に議会侮辱罪で禁固刑となる(ハリウッド・テン)。同年のマッカーシー上院議員の“暴露演説”と朝鮮戦争勃発で、国内の反共ヒステリーは頂点に達し、51年に再開された委員会の証言拒否者や、“名指し”された者は次々とブラックリストに名を連ねハリウッドから締め出された。■だが、撮影所に出入りせず仕事が可能な脚本家は、偽名や匿名で糊口をしのいだ。やがて60年に『栄光への脱出』『スパルタカス』で“テン”のドルトン・トランボが実名でクレジットされるが、脅威は去らない。フランク・シナトラが“テン”のアルバート・モツルを脚本に起用しようとした企画は非難を浴びてボツになり、“テン”のレスター・コールは66年の『野生のエルザ』でも変名を余儀なくされた。暗雲が去るのはベトナム戦争のころである。■全米脚本家組合などによるクレジット訂正が進められている。改まった『〜ロレンス』のウィルソンの脚本クレジット(ボルトと連名)は感慨無量である。■さて、12/6(土)のオールナイトは、反ナチのフリッツ・ラングのアメリカでの監督作だが、『死刑執行人もまた死す〈完全版〉』(43)の原案・脚本は、47年の召還後帰国した亡命作家ベルトルト・ブレヒト。『外套と短剣』(46)の脚本は直後に“テン”となるモルツとリング・ラードナーJr.。また12/20(土)からの特集「香りたつフランス映画への誘い」内の『エヴァの匂い』(62)のジョセフ・ロージー監督、脚本のヒューゴ・バトラーは“赤狩り”を逃れアメリカを離れた。※太字はブラックリスティー。

— 矢田庸一郎


「おくりびと」

2008/11/01 — 第195号

私の場合、面白い映画や感動した映画は数多ありますが所詮は自分とは関係の薄い世界を描いたものが多く、自分の映画鑑賞リストにタイトルがひとつ増えただけ……、という作品がほとんどです。ところが些細なディテールであっても自分と映画との“交点”がみつかると、それはまるで自分のために作られた映画であるかのように思えることがあります。もちろん思い込みなのですが。■先日、滝田洋二郎監督の「おくりびと」を観てまいりました。遺体を棺に納める“納棺師”を主人公にした、ユーモラスかつ感動的な映画でした。この映画には最初に述べた私との交点がいくつかありまして、個人的にはちょっと忘れられない映画になりそうです。■この映画と私との“交点”のひとつが、主人公は父親の顔を、またその生死も知らないという点です。私の場合、映画の主人公のように怨讐を抱いているわけでもなく、全くの無関心でいました。が、私も後半生に入り、結婚し子供ができるとわが子のおじいちゃんの生死も知らないのも……、と気になってはいたのです。私にはこの映画のような劇的な再会(?)はありそうにないのですが、普段は考えもしなかった父親のことをこの映画を観てからいろいろ思ってしまいました。■ところでこの映画、主役の本木雅弘がイイ! この俳優はあらゆる所作が美しい。納棺師という職業は映画で初めて知りましたが、非常に美しい動きでプロの仕事を見せてくれます。本木雅弘は、2009年秋に始まるNHK「坂の上の雲」で、主役のひとり連合艦隊作戦参謀・秋山真之を演じます。凛とした明治期の人間をいかに見せてくれるのか、今から楽しみです。■10/13朝、父親役の峰岸徹さんの訃報を聞きました。ご冥福をお祈りいたします。

— 関口芳雄


映画を探す方法の今、昔

2008/10/01 — 第194号

九州の片田舎より大学進学のため上京してから、かれこれ20年以上になります。受験が終ったら早速、岩波ホールに行ってヴィスコンティの『熊座の淡き星影』を見ました。二十歳そこそこの私には、よく分からないというのが素直な感想でしたが、それでも夢の岩波ホールで映画を見たというだけで大満足でした。●当時どうやって映画を探していたかというと、それはもう断然「ぴあ」でした。学生の映画ファンはロードショーではなく名画座で映画を見る人が多かったと思います。まだ私のアパートの部屋にはテレビも電話もありませんでした。●ところで昨今の「ぴあ」にはシネコンの上映時間が発売日からの数日分しか載っていません。「Tokyo Walker」になるとシネコン以外でもかなりの劇場の上映時間がまるで載っていません。「Tokyo Walker」だけ見て、その日の映画の予定を決めるのは不可能です。多分、最近の人はパソコンか携帯のインターネットで映画を決めるのでしょう。どちらの機能も持ってない私の場合、シネコンで映画を見ようと思ったら、あてずっぽうに現地に行ってみるか、電話してテープの音声案内を延々聞くかのどちらかです。●当館の場合は「ぴあ」に全ての上映時間が載っています。また電話をしていただければ音声案内ではなく、出た者から必要な情報だけ聞くことができます。さらに当館には「友の会」という会員制度があり、ご入会いただくと1ヶ月の上映情報を網羅した予定表をお送りいたします。入場料割引に招待券プレゼントなどのサービスも付いています。●9月はシニアのお客様に3ポイントサービスも行なっています。10ポイントになると招待券を差し上げる仕組みです。友の会にご入会いただくと、こんなにお得で便利です、と最後は例によって宣伝になってしまいました。10月はヴィスコンティなどのヨーロッパの巨匠特集もございます。

— 矢田庸一郎


大劇場

2008/09/01 — 第193号

年内で座席数1044を誇る新宿プラザが閉館になるそうです。座席数1000を超す大劇場は80年代から徐々に減っていきましたが、これで都内では新宿ミラノ1のみとなってしまいます。かつての大劇場ではいかにも「劇場」といった趣の内装で豪華な気分を感じさせるロビーがあったり、場内に入った瞬間その大きさに圧倒されたり、館名入りのパンフレットを手に入れる楽しみがあったりと「大劇場に行くこと」それ自体がひとつの楽しみとなっていました。シネコンが出来る以前から大劇場(及び中規模でもあった、いかにも劇場風な「2階席」)の衰退は始まっていましたが、今思えば81年閉館の日本劇場(日劇)の建替えが象徴的だったような気もします。●かつて銀座のランドマークだった旧・日劇はニューヨークのロキシー劇場を手本にしたと言われています。世界最大規模の6200という座席数を誇っていたロキシー劇場はパラマウント劇場やラジオ・シティ・ミュージック・ホールなどと共に規模と豪華さを競って作られた映画宮殿と呼ばれた劇場のひとつです。20〜30年代にアメリカで作られたこのような劇場では最高級の大理石の床や彫刻を施したウォールナットの壁などで贅を尽くしていて、その規模と絢爛さは日本の豪華な劇場の比ではなかったようです。贅沢が可能だった背景には人口増加と映画産業の隆盛があったのですが、アメリカでも作られたのはこの頃がピークで、映画産業の衰退と共に姿を消していきます。かろうじて残存するものは文化財として守っている物もあるようです。●できれば保存して欲しかった劇場は日本ではその多くがすでに無くなっていますが、どの映画を「どこで」見たかは記憶の中で一体となっています。

— 梅原浩二


正気な人たちのサバイバル映画『ミスト』

2008/08/01 — 第192号

■映画『ミスト』(8/2(土)〜8(金)上映、併映はオスカー作品『ノーカントリー』)といえば、「ショーシャンクの空に」「グリーンマイル」の原作&監督コンビとして宣伝され、感動的なヒューマンドラマを期待した映画ファンがその期待を良くも悪くも大いに裏切られた映画です。ストーリーだけ追えば、ともすれば陳腐とも思われがちなSFホラー&スリラーです。しかしこの作品の真骨頂は、人間というものを描こうとしている点にありましょう。箱庭的な限定空間に様々なタイプの人間を配置し、個性的な登場人物たちがしっかりと描かれています。本当に怖いのは人間……。■映画のほとんどは、人々が閉じ込められたスーパーマーケットの中で進行します。買い物客には買い物以外に共通目的はなくバラバラの個人なのですが、危機的状況に直面し、次第に3つのグループに分かれていきます。(1)現実を直視する者、(2)現実を見ようとしない者、(3)現実でないものを見ようとする者。主人公は当然、(1)のグループの中心的な人物として描かれますが、これは言い換えれば“正気”グループです。この映画は、正気な人たちのサバイバルを描き、そして賛否両論を巻き起こした問題のラストへと突入していきます。このラストを思いついたダラボンは、悪魔(神?)のような人だ。■とある映画レビューで、(2)(3)グループの行動を現実的でない、したがってこの映画にはリアリティがないという批判を目にしました。こういった意見の持ち主は、きっと(2)グループの人なんだと思います。『ミスト』を見終えたら、現実社会を見渡してください。(2)(3)グループの人たちは、決して少なくないことは明らかですよね? 映画は現実の投影なわけです。◆このスケジュール表は今月より「しねまんすりい」とし、サイズを変更、月1回の発行といたします。ご意見ご要望等ございましたらお聞かせください。

— 関口芳雄


後期高齢者・95歳新藤兼人監督健在なり!

2008/07/01 — 第191号

75歳以上の人を対象にした「後期高齢者医療制度」が、国民に受け入れられず、政府の支持率は著しく低下している。75歳以上の人は、昭和一桁以前に生まれた人たちで、戦前、戦中、戦後の激動の時代を生き延びて、現在の日本の繁栄を築いた功労者たちである。国民生活と掛け離れた鈍感な“霞ヶ関中央官僚”の施策に「ノー」という意思表示をしても、韓国のように行動を起こすことをしない忍耐強い性格の世代なのである。■映画界では95歳の日本最高齢映画監督・新藤兼人が現役で、最新作『石内尋常高等小学校 花は散れども』を完成させたので、試写を観た。スクリーンからは、100歳を目前にした老人が監督したとは思えないほど若々しく、瑞々しく、刺激的な映像で約2時間の作品を見事に描き切った。■新藤監督の自伝に基づく映画は、故郷広島の小学校での少年時代から東京に出てきて新進気鋭のシナリオライターとして自立するまでの涙、愛、笑、友情の物語である。新藤監督の生涯追い求めてきたテーマである、愛とエロス、教師と生徒、戦争と平和がストレートに表現されている。■新藤監督の人生に強い影響を与えた先生(柄本明)が主役であるが、若き日の新藤監督に扮する豊川悦司と初恋役の大竹しのぶが扮する料亭の女将が、海辺の小屋で関係を持つシーンは、95歳の新藤監督の若々しい〈映画魂のマグマ〉がほとばしったような感じを受けて感動した。舞台挨拶では、既に2本のシナリオが完成しているので、是非撮りたいと次回作に思いを馳せていた。次回作に期待を抱かせる、驚くべき95歳の後期高齢者である。

— 永田稔


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