まんすりいコラム:2014年

モノクロフィルム、モノクロ映画

2014/01/29 — 第296号

いつも通りモノクロフィルムで素晴らしい映画を撮影された『ニーチェの馬』の監督タル・ベーラは「自分はモノクロフィルムが好きなので、それで撮ってきたが、デジタルで撮る今の時代にはデジタルの映画的言語を見つけて欲しい。それをフィルムと呼ぶのはどうか」というようなことを言っていました。「映画とは35mm、セルロイドである。編集台で手に触れられるもの」「新しいテクノロジーを使わない理由はないが映画とは別のアート、故に新しい言語を見つけるべき」とのこと。アメリカではいわゆる「映画っぽい画質」を求めて以前からテレビドラマでも35mmフィルムを回していたので、当然とも言えますが、ハリウッドでは現在でもフィルム撮影が主流です。制作にデジタル技術がふんだんに取り入れられていても、旧態然とした映画的言語に溢れる現在の映画に、引退を表明したこのモノクロフィルムの監督は違和感を覚えるのでしょう。モノクロというよりフィルムとデジタルについての話でしたが、デジタルで撮影され35mmフィルムに焼き付けられたペドロ・コスタの『何も変えてはならない』という素晴らしいモノクロ映画があることも思い出しました。●「ライカMモノクローム」というスチールのデジカメがあります。ボディだけで90万円近くするこのカメラ、その名の通り何とモノクロ専用。専用にすればモノクロ画像に特化した設計にできるので画質が良いとのこと。世界中の富裕層を相手にするライカならではのニッチな商品ですが、写真の基本は光と影、デジタルになってもモノクロの良さを再認識してもらおうという姿勢で、とことん追求するものづくりは良いですね。そのうち映画撮影専用のモノクロデジタルカメラが作られる日も来るのでしょうか? モノクロフィルムの未来、モノクロ映画の未来はどうなるのでしょうか?

— 梅原浩二


今年最初の感動は

2014/01/11 — 第295号

明けましておめでとうございます。今年も、盛りだくさんの感動を皆様にお届けできるよう頑張ります。そのためにも、まず自身がいっぱい感動を味わって、心豊かな一年にしたいと、初詣の神社で誓いました。

そんな新年になんとなく手に取った窪美澄さんの小説『ふがいない僕は空を見た』(新潮文庫刊)がとても面白く、今年まず最初の感動となりました。タナダユキ監督が映画化して繊細で小気味よい演出で好評を博し、田畑智子の大胆な演技も話題となったのでご存知の方も多いと思います。当館でも上映しました。原作の方も山本周五郎賞とR-18文学賞大賞をダブル受賞し、本屋大賞の2位に選ばれたことも効いてヒットしたそうです。とある評論家が「セックスする桐島」と評したという話を聞きましたが、まさにいい得て妙ですね。

映画の方も、とてもいい作品に仕上がっていましたが、やっぱり原作にはかなわないと思いました。これは映画化作品の宿命ですね。原作を読んでちょっと驚いたのは、それぞれの章が、主要な登場人物たちの一人称で語られていたこと。なんと言っても素晴らしいのは2番目の章、映画では田畑智子演じる“里美(あんず)”が語る章で、「絶頂って幸福の絶頂という意味なんだ、と私ははじめて理解しました。」と彼女が独白するところで、私は思わず泣きました!

この作品のもう一つの大きなテーマは「出産」です。著者の窪美澄さん自身が出産経験のある大人の女性のせいか、青春モノの青臭さがなく、人生への諦念と共感に包まれたまろやかな読後感が、いつまでも心に残る一作でした。そういうわけで「桐島」よりも「ふがいない僕」に、わたしは一票。

— 矢田庸一郎


明けましておめでとうございます

2014/01/01 — 第294号

旧年中は、新文芸坐をご愛顧いただきまして、心よりお礼申し上げます。

本年も、“感動はスクリーンから”をモットーに、皆様に古今東西のさまざまな映画の感動を、心ゆくまで味わっていただけるよう、スタッフ一同精いっぱい頑張る所存です。

2014年1月1日

新文芸坐
矢田庸一郎 関口芳雄 / 永田稔
梅原浩二 花俟良王 後藤佑輔 柳原弘 宮路良平
釘宮あかね 大内奈々子 小澤麻梨子 森田成美 松田恵里加
笹倉妙 松永和也 金森多香子 佐藤喜則 五十嵐拓也

— スタッフ一同


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