愛しのサンゴ―

2021/03/15

 30年余りの名画座人生の中で一番驚いたことはフィルムの時代が終わったこと。「じゃあ何を掛けているの?」と思った方は、わたしより一回りか二回り年上の方ではないか。現在の方法は、データをサーバーにインジェストしてDCP用DLPプロジェクターに出力し投影、となる。映画を掛ける時代は終わったのだ。DCPとはデジタル・シネマ・パッケージの略で、フィルムに替わる上映用素材。DLPとはデジタル・ライト・プロセッシング。デジタル画像を投影する技術を指す。
 2006年ぐらいからDCP上映が始まったようだが、日本で本格的になるのは2009年の『アバター』の公開のころだったと記憶する。まだこのころは35(サンゴー)の名で親しまれた35mmフィルムとDCPが併用されていたが、数年後には35の供給が終わると言われ始めた。一千万円程のDCP用映写設備を入れないと映画が映せなくなるというのだ。中小の映画館にとってまさにデジタルという黒船の到来だった。
 今や日本の映画館の85%以上がシネコンだが、そのほとんどで35の映写機は撤去されたのではないか。35の映写機は生産中止となってすでに久しい。当然、部品も作ってない。
 ここからやや愚痴めいた話になる。東宝、松竹、東映といった邦画大手の倉庫には、今でも膨大な数の35の映画が保管されている。DCP化されているのは例えば映画監督でいえば小津安二郎、木下恵介、黒澤明といったほんの一握りの巨匠だけ。しかもこれらの巨匠の映画ですら全作品がDCP化されているわけではない。例えば、今年の正月、黒澤明特集を開催したが『悪い奴ほどよく眠る』などは35で上映した。映画ファンに人気のマキノ雅弘監督の映画は、勿論一本もDCPになっていない。ほとんどの映画館に35の映写機がないというのに、大手といえども、いつまで35を保管しておいてくれるか。フィルムの劣化の問題もある。フィルムは物である。いつかはぼろぼろになり映写機に掛けられなくなる。
 つまりこういうことだ。もし現状のままが続いたら、ビデオや動画配信以外で、つまり映画館で、例えばマキノの『日本侠客伝』を見ることができなくなる日がいつかやってくる。ちなみに『昭和残侠伝 死んで貰います』は既に東映に使える35はなく、国立映画アーカイブの35を掛けている。

— 矢田庸一郎


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