偉業の傍らで

2019/11/30

「よく見ていられるな」――エル・キャピタンをフリーソロで完登するという前人未踏の挑戦の最中に、撮影クルーのひとりが同僚たちに呟いた一言だ。映画『フリーソロ』のワンシーンでもある。

〈エル・キャピタン〉とはアメリカのカリフォルニア州、ヨセミテ国立公園にある約1000メートルの断崖絶壁だ。そして〈フリーソロ〉とは一切の確保用具を用いず、自らの身体のみで登攀するクライミングの一種だ。つまり、エル・キャピタンのフリーソロで起こるミスは死に直結するといっても過言ではない。その映像の凄まじさは筆舌に尽くし難いもので、是非、見ることで圧倒されてほしい。

しかし、本作においてその圧倒的な映像が映し出されるのは終盤の20分ほどのみである。それまでの映像は、挑戦者アレックス・オノルドに積極的あるいは消極的に協力する者たちの描写に割かれる。クライマックスの20分でさえも、カメラマンたちの仕事やその緊張溢れる言動が映される。彼らが頻りに問題にするのは、関わることで与えるアレックスへの影響だ。彼らの仕事が、言動がアレックスを死に誘うかもしれない。つまり本作は、撮ること、ひいては関わることの暴力性への恐怖に焦点が当てられたドキュメンタリー映画なのだ。

しかし、同時に美しくもある。関係者はそれぞれの仕方でアレックスを尊重し、挑戦者のアレックスさえも彼らに配慮する。もっとも見るべきはクライマックス、最後の20分ではないのかもしれない。むしろ最後の20分など見てはいけないのかもしれない。壮大な自然、超人的な技術、敬意に満ちた繋がりを見た僕は何者なのだろうか。単なる出歯亀に過ぎないのでは? ほんの少し前に書いた言葉を撤回するべきだろうか。「是非、見ることで圧倒されてほしい」? 果たして冒頭の一言は、彼の同僚たちにのみ投げかけられた言葉なのだろうか。

— 新井暁介


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