スタッフコラム

変革する映画興行

2003/06/01 — 第69号

明治36年(1903)、浅草の電気館が入場料金5銭で常設映画館になった。これが映画興行の始まりで、今年が100年目になります。映画は、戦後“娯楽の王様”と言われ、映画館数は、昭和33年(1958)のピーク時には7,000館以上に達していました。その後、TVの普及、娯楽の多様化などにより、映画館は1/3近くまで減少しましたが、シネマコンプレックス(シネコン)の出現により、社会不況にもかかわらず映画館は増加傾向にあります。◆シネコンとは、一つの建物の中に複数のスクリーンを持つ映画館のことです。シネコンが登場したのは、10年前の平成5年(1993)開業のワーナー・マイカル・シネマズ海老名が最初です。そのシネコンは、郊外の大規模な商業開発の際に併設されてきました。これは、従来の都会に映画を観に行くという非日常的な行為から、観客の生活する範囲に映画館があることによって、映画を観る行為を生活習慣の一環にしてしまうという発想に基づくものです。◆しかし、最近ではシネコンが、都心の様々な“街”に出現するようになってきた。東京では、品川プリンスホテルシネマであるとか、この4月にオープンした六本木ヒルズ内のヴァージン・シネマズ六本木ヒルズであるとか、豊島園内にもシネコン建設の計画がある。地方都市でも札幌シネマフロンティアが既に開業しているし、名古屋駅前、大阪球場跡地の再開発にシネコンを併設しようと言う動きがある。◆その時代の社会状況、映画ファンのニーズに対応しながら、ホテル、商業施設、オフィスビル、マンション、遊園地などに併設する多様な選択肢の中から映画館が誕生しています。一方では、デジタル化の動きが急速に進行しています。デジタル化に移行することは必至でしょう。このように映画興行界を取り巻く環境は刻々と変革しています。新文芸坐は、時代の流れに乗り遅れないように対処していきたいと考えています。

— 永田稔 検索