スタッフコラム

追悼・桂文治と志の輔らくご

2004/03/01 — 第87号

江戸っ子噺家十代目桂文治が1月31日に落語芸術協会会長の任期最後の日に亡くなった。爆笑落語を得意とし、談志に「名人志ん生に一番近い噺家」と言われ、私生活でも四季を通して和服に中折れ帽子と普段の姿からして粋な本寸法の噺家であった。◆78(昭和53)年文治師の肝煎りで始めた『文芸坐金曜落語会』は、15年間335回続いた。そんな関係で時々お茶を飲みに立ち寄った。落語の話は勿論のこと、水墨画や歌舞伎など古典芸能全般と、言葉づかい、礼儀など社会風潮のことや、ドラ猫の話など多岐にわたり面白可笑しく含蓄のある話を聞かせてくれた。◆その後、文芸坐が閉館し、小生も脳溢血で倒れた翌98(平成10)年の正月に文治師が突然拙宅を訪ねて来た。その年の干支は寅年なので、虎の色紙を持参した由。虎は、千里の道を行って帰って来ると言われているので差し上げたいと。人情味溢れる激励に涙を流した。大正生まれの文治師の死は、落語界の世代交代を促進するだろう。◆古典、新作共に意欲的な活動をしている立川志の輔が、落語界の次世代を担う一人と思う。定席を持たない談志一門は、場所探しから始まる。志の輔は、ホールは元よりジャンジャン、パルコ劇場、本多劇場、サントリーホールなど落語に馴染みの薄い場所を開拓し、一期一会の内容の濃い《志の輔らくご》を展開してきた。◆そんな環境から異分野の人達との交遊が生まれ、《志の輔らくご》を充実させている。今年は、青山の銕仙会能楽所で満月の夜の落語会を始めた。志の輔落語と茂山千五郎家の狂言が能舞台でコラボレーションします。新空間で、更に進化する《志の輔らくご》にご注目を!

— 永田稔 検索