スタッフコラム:2010年

さようなら、ビデオポップ

2010/03/01 — 第211号

北区王子にある個人経営の小さなレンタルビデオ店「ビデオポップ」が、この2月で20年の歴史に幕を下ろした。私の学生時代、フリーター時代のアルバイト先であり、何度か就職に失敗した時もその都度世話になり、映画まみれにしてくれた。思い出を語ればきりがないので止めておくが、販売用DVDが安価で売られ、大手チェーンが席巻する市場でよくぞ今まで地元の映画ファンのために頑張ってくれたと拍手を贈りたい。■旧文芸坐出身者でもある店主の分け隔てない映画愛と気さくな人柄で、店内は常に映画、音楽、演劇などの道を歩もうとする人間のサロンと化していた。ある世代が土地を離れれば、必ず次の世代の似たような人間が集まってきた。今、店主の唯一の心残りは、そのような“場所”がひとつ失われてしまうということだ。■閉店の報せを受けて久しぶりに足繁く通っていると、現在の常連客に当館の利用者が多くいることが判ってきた。映画好きが集まる店なのだから不思議ではないが、かつてのバイト先で現在の職場のお客さんに「頑張ってください」と言われると、感慨深くなるというか、人と時間が作り出した不思議な縁を感じる。そしてその縁に報いるためにも、店主が誇りと共に呟いた“場所”というキーワードを胸に、私が、そして新文芸坐が目指すべき“場所”を模索していこうと思ったりもした。■さて、私は『僕らのミライへ逆回転』のラストシーンのような気の利いたお別れはできなかったけれど、店主はCDに追いやられ20年間自宅で埃をかぶっていたレコードとプレーヤー、そしてアンプを初めて店に持ち込んだ。ざらついた大きな音でジャズが流れる中、懐かしい顔と新しい顔が集い談笑する。まあ、これはこれで画になるラストシーンだな、と微笑ましかった。

— 花俟良王


畏怖する人間/荒戸源次郎

2010/02/01 — 第210号

「鬼のような人ではないか」と、会う前は勝手に想像していた。新作「人間失格」公開記念として「荒戸源次郎映画祭」の開催を、荒戸さんにお願いしに行った時のことである。●荒戸源次郎が最初に注目されたのは鈴木清順の「ツィゴイネルワイゼン」(’80)製作であろう。「殺しの烙印」(’67)を撮った後、日活を解雇され、ほとんど映画を撮れなくなっていた鈴木清順に映画製作の場を与えたのだ。しかもエアドームの特設映画館を作り上映を始めるという画期的な方法を生み出す。「ツィゴイネルワイゼン」は映画賞を総ナメにし遂にはベルリン映画祭で銀熊賞を受賞。華々しい復活を遂げた鈴木清順は、その後も荒戸とのコンビで「陽炎座」(’81)「夢二」(’91)と傑作を世に出す。●「どついたるねん」(’89)で阪本順治を監督デビューさせるなどした後、荒戸の次なる金字塔となったのは「赤目四十八瀧心中未遂」(’03)の監督である。四畳半のアパートで日がな一日、贓物さばきをする青年を中心に、刺青師や娼婦たちが妖しく蠢くアンダーグラウンドな世界を鮮烈に描くこの映画は、1年以上のロングランとなり、またもや映画賞を総ナメ。その年の映画界の話題をさらった。●荒戸源次郎のモットーは「楽しく働き必死で遊ぶ」。川島雄三をこよなく愛し、映画への想いを衒うことなく語る荒戸の目は、鬼とは裏腹の、網を持って夢中に蝶を追いかける少年のようでもあった。映画を撮るということとは、という私の問いに対し、荒戸源次郎は言う。「音が聞こえてくる画、画が見えてくる音を探し続けること」と。●「荒戸源次郎映画祭」は2月21日、日曜日より開催。

— 矢田庸一郎


あけましておめでとうございます

2010/01/01 — 第209号

旧年中は、ご愛顧いただき心より御礼申し上げます。

本年も、〈感動はスクリーンから〉をモットーに、皆様が映画を通して感動、興奮するような、心豊かになる番組を提供していきたいと考えております。

どうぞ宜しくお願い申し上げます。

2010年1月1日

新文芸坐
矢田庸一郎 関口芳雄 永田稔
梅原浩二 花俟良王 後藤佑輔 菊地壮馬 柳原弘
佐野久仁子 高橋悦子 高橋夏枝 釘宮あかね

— スタッフ一同


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